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2008年12月の2件の記事

図書館の指定管理

本当は来年度から導入する予定だったけど、いつの間にか話が消えた感のある指定管理者制度の導入。
司書採用で採用された私にとっては、今の職場にいられなくなるという問題はあったのですが、生活的には不慣れな職場への異動となるか、別の仕事に転職するかのどちらかですから、特に問題もなかったので、賛成も反対もしなかったんですけどねぇ…
図書館を利用する利用者にとって「良い図書館」であれば、どこが運営しようと良いのですけどね。

ちょど、図書館系ブログの中で、久しぶりに指定管理云々に言及されておられる方のがいたので、興味深く読ませていただきました。
まず、
・Tohru’s  diary 「指定管理者制度と公共図書館への導入について」レジュメ公開(http://sakuraya.or.tp/blog_t/index.cgi?no=510
では、中立的な立場でまとめられていて、私が今回「参考までに」と聞かれた時の回答意見と近いものがあります。

この中にも「司書は足りない判断情報を社会に提供するために分析し、発信する必要がある。」とありますが、ただ、現実としては、「そういうデメリットや考察なんか聞いていない。どういうメリットがあって、いくら削減されるか調べろ」って(館長が)言われましたが…笑
まぁ、指定管理者制度を導入しようとする行政側の人や議員の人で、図書館をちゃんと理解し、いや、日常的に図書館を利用している人っていないんですよね…
そして、「図書館を自分の目で見てから」と思うだけましなのかもしれませんが、大抵、平日の午前中とかに来館して、「暇そうだね」と。(某盗撮知事みたいに。)
(土日の忙しい時間帯に来てくれたら少しは認識変わるでしょうか…というか、その時間帯に来ても構ってあげられないのですけどね。人手不足なんだし。)

結局、多くの場合、指定管理導入問題は、「指定管理にしてサービスの向上」というよりは、「人件費削減ありき」なんです。
「経費削減ありき」ですから、デメリットを述べても「そんなこと聞いちゃいない」からはじまり「ただの保身だの」「財政難なんだし」「図書館があるだけいいじゃないか」と言われ、利用者が同様に言っても「行政をわかっていない」「(何がノウハウかわからないが)民間ノウハウでサービス向上する」「(光熱費は考えずに)開館日や開館時間が延びるんだから便利になる」と一蹴されます。
そういうのがまかり通るのが地方の田舎の図書館です。(もちろん全てとは言いません。)

指定管理者制度を導入した図書館に視察に行ってみましたが、直営時代の図書館運営に疑問符が付く運営だったようで、私も「それなら民間にした方がまだまし」と思いました。
実際、直営の時、年齢が高い職員ばかりで、指定管理になったら非常勤・パートとなれば、人件費は大幅に浮くわな。
それで、管理費とかが圧縮されているのなら、まだ「民間にして良かったねぇ」と言えますが、実際はそうではないらしく、それでも満足度が増えたということは、直営時代の職員の怠慢でしかなかったんですよね…その金額とスタッフのアイディアで指定管理者制度導入後の運営が人件費を別にしてできるんですから。

極端な話、運営費が変わらないのであれば、「司書持ちの図書館運営ボランティアを育成して、運営すれば人件費かからないし。」(これは本当に極端ですし、安定してボランティアがいるとは限らない点に大きな問題があるんですけどね。)って考えを持つ人だっているんじゃないかなぁ…夏場とか忙しい時期には児童・生徒の職場体験と称する配架作業員を増やすとかさ。そんな考えも出て来そうですよ。

指定管理制度導入推進派の人が出してくるのは、大抵が「指定管理者にして良かった」という新聞記事。
確かにそれまでの運営がどうだったかを度外視して「経費が削減された」「満足度があがった」という文言が踊ります。
私の館でも「千代田区立図書館が指定管理者になって良くなったそうじゃない」と言われました。
まぁ、そうなんですが、どうも話を聞いていくと「指定管理者制度を導入すれば同じようなことができる」と思っているようで…
普通に考えると規模も違うし、元々の職員数も違うし、利用者の需要も違うので、同じにできるわけないんですけどねぇ。

そもそも、新聞等で書かれているメリットとデメリットの意見がどれも同じようだってどういうことでしょう?
メリットで出てくるのが「人件費が削減された」「開館日増加・開館時間延長」「購入雑誌が増えた」「カウンター職員が明るくなった」「企画もされるようになった」…だから「安い経費で利用者が増え貸出数も増えた」で、
デメリットで出てくるのが「安い給料で不安定」「専門性の確保に疑問」などです。
どうしてメリットに「疑問があったら図書館に行って聞いてみるようになった」とか「遠い図書館に行けなくても近くで十分足りるようになった」とかそういうのが出て来ず、デメリットも「今までこれだけやってきたのを無にするのか」とか「これは民間では出来ない」とかそういうのが出てこないんでしょうね…

で、結局、指定管理者制度のメリットを述べるのも、議会の質問への回答をするのも、結局は図書館の担当者だから、要は「自分はもらっているお金ほど働いていないし、企画力も無能なので指定管理の方が良いです」って言っているようなものなんですけどね。
図書館に司書採用で入った人や図書館に愛着のある人だと、それは悔しい屈辱的なことだと思うんですけど…。
もちろん、自分のいる図書館に愛想が尽きた(意見しても変わらないとかで)場合は、積極的になる人もいますけど。
なんとなく図書館に異動で来て「本庁に戻りたいなぁ」と思っている職員だっていますから、そういう人も積極的に「導入すると(私に言われてもわからないけど)こういうメリットがあります」と積極的です。

こちらの記事で
1 (施設管理、カウンター業務等、根幹的業務でない部分に指定管理業務にする場合)通常の業務委託が可能な範囲に、わざわざ指定管理者制度を導入しなければいけない理由を追及する。
2 導入メリットの「民間のノウハウ」(人件費削減を除く)とは具体的に何を想定しているのか追及する。
3 導入メリットの「経費削減」(人件費を含む)のうち、比較対象の現状の経費算定は適切か、特に非効率な現状の運営・人員配置改善を、指定管理者制度の導入メリットに含ませていないか追及する。
4 指定管理者の評価(指定管理者決定時及び指定管理期間中の)基準はどういう想定なのかを追及する。

と述べられているのは、本当に最もなことだと思いますが、
1・3の追求は「いや、記事に経費削減って書いているっしょ、個別に業務委託するより業務も煩雑にならないんで、いいんじゃない?」でしたし、2・4は「それはこっち(議員や行革担当)が考えるんじゃなく、君たち(図書館担当)が考えることだよ」でしたので、二の句が継げない状態で、終いには「トップが言い出していることなんだし、公務員は上の指示に従っていればいいんだ」ですもの。

まともな論法が通じません。(だから、現在立ち消え中というのが驚きなのです。ようやく理解してもらえたのならまだ良いのですが…)
ちゃんと相手に『検討』する気があるのなら、述べられていることは正論で、感情論にしないためにも良いなぁと思います。

このレジュメを見て、「そうだよなぁ、ちゃんと現状分析とメリット・デメリットを考えなきゃ」と思う議員や行政担当者、手抜き図書館員が増えてくれることいいんですけどねぇ…おそらく関心がある人しか見ないでしょうから、難しいでしょうが。

次に、
・丸山高弘の日々是電網  The First. : 指定管理者制度の公共図書館への導入(http://maru3.exblog.jp/7717762/
丸山氏は、全国で最初に指定管理制度を図書館に導入した山中湖情報創造館の現館長としても有名な方です。
そこで、ライブラリー・ボード(『図書館委員会』という『方針決定や館長を含めた人事権すら持ったユーザーグループで、資金調達も積極的に行っていくような集まり』)に指定管理を受注させていくということが述べられています。
その中で、
(1)有能で的確な図書館長を採用する,
(2)図書館の運営と計画に関する成文化された政策・方針を決定し採択する,
(3)図書館の目標を決定し,図書館の計画を遂行するために,充分な資金を獲得する,
(4)地域社会との関連において図書館の計画と図書館に対する要求を知り,諸基準と図書館の動向にたち遅れないようにする,
(5)立案されたPR計画を決定し,支持し,実際に参画する
というモデルケースを提案されておられ、これが実現すれば、確かに『良い図書館』が出来そうだなぁと思います。

個別な図書館を考えていくと、「とても良い図書館ですねぇ」と言われる図書館は、そのようなライブラリー・ボードなんかなくても、すでにこれを満たしていると思います。
もちろん、(3)は公的資金ですけどね。
街が財政難ではなく、有能な館長が赴任し、図書館の予算も十分もらえているとこだと(2)(4)(5)だって普通に満たしていますし。

だけど、そういう良い図書館がありながら、他方、「なんか暇そうな、誰にでもできるような仕事しかない図書館」や「無料の貸本屋的図書館」だってあるから、指定管理の是非などが出てきているわけでして…
各館でなく、図書館全体が変わるにはコマが足りない気がします。

例えば(1)。日本でそういう有能で的確な図書館長ってどのくらいいるのでしょう?今ある全図書館(中央館だけでも)に配置するほどいるのでしょうか?
確かに、図書館に理解があるくらいの図書館長ならまだいますが、館長自身が有能でもその館長もいつかは退職やお亡くなりになるわけですし、後継者育成もできるような人でなければ、いけないですし、図書館長として有能な人がわんさかいるようなら、とっくに図書館は変化していると思いますが…
山中湖情報創造館が指定管理者として始まったときの館長は小林是綱氏で、これまた有名な方で、私もすごい方だなぁと思っていますが、当時の新聞記事によると館長は無給のボランティアとのことでした。
彼のように有能な方を館長にするとがらっと図書館は変わるでしょうしが、他が真似できないような「自分は無給で」とかはやって欲しくなかったのが当時の率直な気持ちです。
そうすると、「全員他に収入源(印税だろうと何だろうと)がある人でスタッフを構成すれば人件費0じゃないか」ということになりますもの。(実際、そう言われたこともあるし。)

話を戻して。
館長が有能であれば、もちろんその図書館は変わります。
では、そういう館長を育成してくれるのはどこ?
都道府県立図書館や筑波大で新任図書館長研修をしたり、TRCが筑波大大学院に公共図書館の経営管理者を養成する寄付講座を開いたり、TRC自身が指定管理者を受注する時のために館長募集&1年間程の研修をしたりしていますけど、新任館長の研修って必須研修ってわけでもないから、行政事務職上がりの館長ってほとんど参加しないんですよねぇ、うちも何人か館長が代わりましたが参加したの見たことないし…
大学院の経営管理者養成講座にしても、まずそれに参加する意思がないとねぇ…
TRC自身の館長研修はTRC自身のためではありますが、形的には「館長をやろうとする意思があり」「図書館に対して何かしらの考えを持ち」「1年かけて研修する」ということで、一番良いような気がします。
まぁ、有能な館長になるか否かは、結局その人自身なのですけどね。
有能な図書館司書で、「館長はやりたくないな」って人もいますし…

そうすると、ライブリー・ボードのように、各自治体でそのような委員会を持って、数少ない有能な図書館長を引っ張り合うよりは、以前もどこかで書いたと思いますが、図書館という業界が一組織であると、有能な人を集めてその人たちの指示で各館が動く…でいいんじゃないかと。
そもそも、日本図書館協会がそういう組織の中心になっていれば良かったんですけどねぇ…今となっては…

次に(3)。
充分な資金がやはりネックです。
もちろん、矢祭式で蔵書を寄贈によってまかなうのも、悪くはありません(以前書いたように二匹目のドジョウは難しいようですが)。
企業や個人で雑誌1年分寄贈という方法もありますし、書架命名権という方法(誰それ文庫みたいな企業版)だってやれそうな気がします。
別事業で資金を持ち、それを図書館に還元する…今でもお金持ちはたくさんいますけど、今の公立図書館のように入場料も貸出料も取らない図書館を作った人っているでしょうか?
確かに、公立図書館に寄附してくれるところはありますけど。
それにこの度の不況で、そこまで奇特な人はいないでしょう。

そうすると、大口はあきらめて、赤い羽根共同募金のごとく各戸募金をお願いするのがベターですね。
しかし、『7割図書館利用しない』状況で、「図書館は必要だからお金を出すか」と思ってくれるか…
せめて、『7割の住民が図書館を月に1度は利用する』状況を作らないと…

「れば」「たら」言っていても仕方ないので、話を進めますと、
(2)は今のどの図書館でも作ることが出来ます。が、気をつけなければ、ほとんどが抽象的なものになるような気がします。
もちろん丸山氏の考えているのは抽象的な文言ではないと思いますけど、「資料の充実を図る」とか「利用者ニーズに基づいた資料を幅広く収集する」とか、今でも見られる成文化された抽象的な文を見ていると、「具体的な数値目標を持ったものを成文化する」必要があるなぁと。

現場やカウンターで図書館の危機意識がある職員が「あーだこーだ」言っても、上の方に行くにしたがって危機意識も問題意識もなくなっているような現在、薬袋秀樹氏の『図書館運動は何を残したか』ではないけれど、「変わらない体質」が残っていくような気もします。
それであれば、「あそこは財政豊かだからできるんだよねぇ」とか「あそこは館長がすばらしいからできるんだよねぇ」とか『どこの館でも真似ができる』状況やモデルがないと、指定管理者云々より図書館自体がおかしくなってしまうような気がします。

なので、各自治体や各館にまかせてきた図書館運営を1つにまとめることによって実現させていく方が、より早い理想実現になるのではないかと思うのですが、どうもその方向には進んでいないような気がして…
例えば『日本図書館』という図書館全てを取り仕切る中心組織を作り、国立レベル・都道府県立レベル・市町村立レベル・地域スポットレベルの図書館を作り、予算は国立は国家予算から、県立・市町村立図書館は各自治体予算から一定比率で予算をいただく形にし、地域スポット館は有志による寄付金によって市町村立の下で運営する…とどうして最初からしなかったんでしょうね。

さて、ちょうど日図協でも『公立図書館の指定管理者制度について』(http://www.jla.or.jp/kenkai/200812.pdf)というのも出されていましたね。
「指定管理者制度の適用は適切ではないと判断しております。」って珍しくはっきり書いていますね…笑
もちろん、今、自分の勤めている図書館が指定管理者になると立場上多少面倒なことになるので、多少直営寄りな考えもなくはないですが、図書館界が良くなれば良いという観点からは、指定管理者制度導入でもした方が良い館があるのも事実だと思うので、この意見表明には反論したくなります。

1.「司書集団の専門性の蓄積」とあるけど、専任の司書を集団の名の下に複数名ちゃんと採用して、ずっとそこの図書館の運営に携わっていられる自治体はどれくらいあるのでしょうか?数年で事務職員の異動がある図書館と指定管理者と、引継ぎの仕方が違うとは思えないんですけど…

2.「一貫した方針のもと」は、収集方針や除籍基準は直営だろうと民間だろうとあればそれに従うはずですし、民間が「こういう方針に変更したいのですが…」というのは勝手に変えられるものでもないでしょう。(出された起案をちゃんと読まないで通すというのは行政側ですし、そもそもそれが不安なら仕様書にちゃんと盛り込めばいいだけの話ですし。)

3.経費負担は、もちろん自治体にしてもらっているはずです。指定管理料として。それも出し渋っているからおかしなことになっているんじゃないかと…。人件費の浮いた分、資料費に別途資料費としてまわせば、指定管理者だろうともっと良い図書館が出てくると思うのですが。

4.「民間において云々」で、今まで民間には『図書館を運営』というのはなかったのに、逆にこれだけやれていてすごいとは思えないのでしょうか…言うなれば、司書1年生が何十年のベテラン司書と同じに立ち回れと言っているようで酷かなぁ。でも、物的能力は民間の方が上でしょうし、人的能力も指定管理・直営に関わらず、人ですから、条件の良い方に流れるのではないかと。

5.その条件は結局「賃金等労働条件」なんでしょうが、指定管理者だからではなく、その経費削減をした状態でやらせようとしている自治体側の責任じゃないかなぁ…経費削減なしで民間にやらせるときっとサービスは向上すると思うけどね。それに組織立ってノウハウを蓄積していけば、例えその図書館が数年の管理期間だとしても、そのノウハウを他の図書館でも役立たせるようなまわし方をすれば、その会社自体にはノウハウが蓄積されるのだし、良いのではないかと…そうすると10年後くらいには直営よりもしっかりノウハウが蓄積されている可能性もあるんじゃないかなぁ。
おそらく、この5の部分が問題の根本なんじゃないでしょうかねぇ…
ただ、直営の場合でも、カウンター周りはパートや非常勤の人がたくさんいますから、「カウンター・フロアにいなくても利用者ニーズがわかる!」と豪語する正職員がいれば別ですし、全員正職員の司書資格持ちで、しっかりやっている図書館は別ですが、選書とカウンターはちょこちょこやっているけど、ほとんどパートさん任せというところも少なくないので、パートさんの労働条件はあまり変わらないか、直営の方が悪かったりしますからねぇ…

それに、直営の時だと、パート・アルバイトと正職員、課長・館長・主査・係長と平職、庶務・管理係と奉仕係、それぞれの垣根というかしがらみで「じゃあ、これこれをやってみよう」とか「目新しくこれを実現しよう」というのがすぐに動けないということが時々あります。
こういう時は、指定管理の方が分があると思います。もちろん、直営でも館長の号令の下、新企画などが動き出す直営図書館もなくはないですけど。

意見表明で「公の施設の設置目的を効果的に達成するため必要があると認められるとき」に照らした説明がないとありますが、指定管理者制度を導入した自治体の中には「図書館は金がかかるからなぁ」と住民要望で設置したは良いけど大した目的もないところもある(というか、その手の首長の話っぷりを聞けばわかります)し、逆に、直営だとどうしようもない状態(「本を貸してりゃいいんでしょ」みたいな。)だから、導入したというところもあるでしょうに…
そもそも、図書館設置目的を今の図書館全てが効果的に達成できているというのは大きな勘違いなんじゃないかなぁ?
本来であれば、住民のニーズに対応できる人材がいなきゃいけないのに、直営の中にそういう人(例えば専任司書とか)がいないから、この事態なんじゃないかと…
一般認識的にも「7割が利用しない図書館」で「本を無料で貸してくれる所」の認識がいまだに根強いのは、直営の怠慢運営のつけなのではないでしょうかねぇ…

もちろん、そうでない良く住民が利用して、職員もエキスパートぞろいの図書館は、最初からそういう話すら出ないし、話が出ても「この高いサービスが維持できるのか」と住民自らが言ってくれる(自分で言っていたらお終いだけど)ような図書館なんですから、そういう図書館は考えなくても成り立っているんです。

実際、導入前の状況を聞くと散々なイタイ図書館がたくさんありましたが、そういう図書館への指導などは日本図書館協会からあったのでしょうか?
案外、地域住民の方々は「図書館ってこの程度」と地元図書館を基準に考えていることが多いです。

引っ越してきて「え~図書館ってそういうこともやっているの?」と驚かれる利用者を目の当たりにすると、『どういう図書館を利用していたんだろ…』と思うこともしばしば。逆に良い意味のクレームで「前に住んでいたとこの図書館はこういうことをやっていたよ」と勉強になることもあります。

たぶん、そんな1000万円削減とかでなく、数十万円の削減程度で良いのなら、民間だろうと立派にやっていけると思います。
もし、直営の図書館職員で本気に指定管理者制度の導入の可否を悩むのなら、指定管理者と同様に、どのくらいの経費でどれだけのことが出来るか書き出してみるのが一番です。
公募して一番安いところが取るというわけではないので、多少人件費の面で高くなっても、これだけのことが出来ると自信をもって言えるのであれば、大丈夫なんじゃないかなぁ…

まぁ、もちろん、上で述べたように、トップダウンで「まず指定管理者制度導入ありき」と言われて凹むこと多々あるでしょうが。笑

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選書と検閲

一昔前、船橋市西図書館蔵書廃棄事件では、図書館職員の思想によって一部蔵書が廃棄されたというのが問題になりました。最近では堺市立図書館のBL蔵書問題で圧力によって開架にあったものが書庫行き、そして当初は除籍・廃棄されそうな気配でした(結局、書庫行きで収まったようですが)。
もちろん思想的な図書や宗教的な図書をはじめ、裁判になった出版物など、多くの図書が図書館には保存されています。図書館は情報や資料を『収集』し、『保存』し、『提供』する場所ですからね…

まず、図書館は
・図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的とする施設(図書館法より)
・知る権利を保障する機関(図書館の自由に関する宣言より)
・社会教育のための機関(社会教育法より)
となっており、
『図書館法』は『社会教育法(昭和二十四年法律第二百七号)の精神に基き』あるもので、『社会教育法』は『教育基本法 (平成十八年法律第百二十号)の精神に則り』あるものですから、教育基本法の精神に反する資料が出版されたら、表現の自由と知る権利を取るか、教育基本法の精神を取るか悩むところです。

まぁ、同様に、公務員の図書館職員ですと、上司の命令に従う義務と図書館の自由に関する宣言を守るのとどっちを取るかというのもいつも悩ましいんですけどね。(図書館の自由に関する宣言では、図書館員が不利益をうける事態になったときは日本図書館協会が救済してくれるそうですが、本当にするのか、いや出来るのか…不安。笑(だって、文書を送って終わりのような気がして。))
(例えば、今回のBL問題騒動だって『今後は、収集および保存、青少年への提供を行わないことといたします。』って『「市民の声」Q&A』で書いちゃったんだから、おかしいんであって、そんなに時間をかけなくても、結論は出るはずなんですけどね。日本図書館協会がすぐコメントを出すかと思えたけどねぇ…)

参考までに、地方公務員法第三十二条では、
「職員は、その職務を遂行するに当つて、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。 」
とありますから、『職務上の命令』で「この本を除籍しなさい」という命令が出た時、「それは検閲だから拒否します」が可能かどうか…
もし、「図書館の自由に関する宣言」が、『図書館戦争』に出てきたような「図書館法」の一部であるならば、「法令の定める規定」になるので、良いのですけどね。
で、その拒否の後、人事的に職名変更(司書→主事)で強制異動となった場合、報復人事だと訴えても、「宣言」は宣言であって、法や条例ではないから「上司の職務上の命令に従う義務がある」と言われるのがオチですし。
気力体力や時間的金銭的余裕があれば、頑張れますけど、私は無理かも。

さて、上にあげたどちらの問題も、図書館外の人から見ると「最初から買わなきゃいいじゃん」となってしまいますが、資料収集する基準が各図書館で収集方針や収集基準として成文化されているところも多いですし、その成文化しているものを見ると、具体的に細かくというよりは、少々抽象的に「蔵書構成を考慮して…」とか「収集するように努める」など微妙な表現が多いです。
そこで、『図書館の自由に関する宣言』をもう一度確認すると…
「第1 図書館は資料収集の自由を有する」の中で
まず「図書館は、国民の知る自由を保障する機関として、国民のあらゆる資料要求にこたえなければならない。」とあるので、要は「利用者からリクエストがあったら提供しなさい」ってことが書いてあり、続いて、
(1)多様な、対立する意見のある問題については、それぞれの観点に立つ資料を幅広く収集する。
(2)著者の思想的、宗教的、党派的立場にとらわれて、その著作を排除することはしない。
(3)図書館員の個人的な関心や好みによって選択をしない。
(4)個人・組織・団体からの圧力や干渉によって収集の自由を放棄したり、紛糾をおそれて自己規制したりはしない。
(5)寄贈資料の受入にあたっても同様である。図書館の収集した資料がどのような思想や主張をもっていようとも、それを図書館および図書館員が支持することを意味するものではない。
とありますから、「出版されている資料は広く収集しなさい」ってことなんでしょう。

が、実際問題として、予算というのが限られていますから、そこの図書館で読めない資料は五万とあります。
ない資料を他館や国立国会図書館に求めても、国立国会図書館の納本制度をしても納本されていない資料もありますから、全ての資料を提供というのは無理です。

そこで、自館の収集方針と予算に見合う資料を収集すると、以前『所蔵の少ないものを知る権利』(http://c-town.way-nifty.com/blog/2008/09/post-d5c5.html)でも書きましたが、優先順位が低いものは所蔵館がなくなってしまうことになります。
だからといって、『図書館界のため、積極的に他館が所蔵していない資料ばかり集める』という図書館は地域住民などの反対(「利用したい資料がない」など)もありますから、優先順位的に高いものはやはり購入して、残りで出版された図書全体を見ながら購入となるでしょう。

まぁ、そんなに意識しなくても、リクエスト購入や職員による選書で、うちのような小さな館(蔵書7~9万冊)で、県内でうちしか持っていないのが450冊程度ありますから、もっと大きな館はもっとあるでしょうし(ということで、「普通図書館に所蔵されていない本が○○冊ある」って論議は無駄な話です。蔵書比率などで考えればいいのですが…)、利用者がリクエストした資料が県内に1~2館くらいの所蔵しかないというのもよくあるのですが、検索すると県内に全くないというのも多々あります。

利用者のリクエスト要求もほんと様々で、どこかで見ましたが「BLなんてリクエストするやついるのか」って書いていた人もいたけど、そういう人はやはり普通にいますし、あまり収集されていないライトノベルや携帯小説の単行本などは最近多いですね、マンガのリクエストもちらほら見ますし、極めつけは自分の本(自費出版も含めて)をわざわざリクエストしていく人まで…一応『資料要求』ですからね。

だからといって、『国民のあらゆる資料要求にこたえなければならない』は理想であり、現実とは予算的にも乖離しているという考えから、県内所蔵なしで且つ予算があまりなければ、その場で断ってしまう強気の図書館や「国立国会図書館に郵送費実費を利用者に負担してもらってならば云々」とか話をして、めでたく(?)キャンセルの方向で…と持ち込む図書館もありますし、逆に「提供はしてあげたい」と思いつつも、他館が購入するのを待ったり、寄贈を募ったりと提供までの時間がかかってしまう図書館もありますし(まぁ、確かに、「すぐこたえなくてはならない」ですからねぇ…限度はあるでしょうけど)、もちろん所蔵のない資料のリクエストがたくさんあったら対応できないでしょうが、利用者リクエスト用の予算として通常の資料費にあまり影響しない範囲でほぼ購入して所蔵する図書館まで色々な対応があります。
(利用者が1万人いたとして、1割の1000人が所蔵していないリクエストを数冊ずつしたらすでに予算オーバーってこともあるでしょうし)

それでも、利用者ニーズに合った選書をしていればリクエストも減るのでしょうが、利用していない人のニーズはなかなか収集できないものですから、常連と呼ばれる一部利用者によるニーズ構成になるおそれもあります。

それもふまえて、その年々少なくなる資料費で、同じような資料の中から選んで購入する選書という仕事を図書館員はやるのですが、「今必要でなくてもいつか利用される本だろう」とか、「こっちは説明が細かく書かれているなぁ」とか、色々理由はありますが、どちらかというと(一般認識的に)しっかりした物、定評のある著者の物の方を選ぶ傾向にあるような気がします。
だから、そういう本の方が優先順位が高くなるので、優先順位の低い本はやはり買われない。各図書館が『選ぶ』という人の手を介したことをする限り、同じような構成になることが多いし、以前例に出したTRCの『新刊全点案内』という選書の友も成り立つことになるわけですよね。(図書館でよく買われそうなものを主にストックする方式なので。)

そうなると、たまに「図書館員が本を選ぶというのは検閲みたいなものじゃないですか?」と言われることがあります。
確かに、選んでいるということは、選ばれない物は除外されているとは思いますが、予算的に泣く泣くなんですし、何も「この著者の本が好きだからこれとそれを比べてこっちにしている」というわけでないので、検閲ではないとは思うのですが、『検閲』の意味を調べてみると、『基準や規程にあっているかどうかを調べあらためる』という意味もあるので、もちろん収集基準などに照らし合わせているからなぁ…

まぁ、逆に資料の収集は全県で出版の割合から分野・内容・著者を機械的に購入することが決まっていれば、「県内のどこかには必ずあるはず」ということになるのですが、そういう収集方針にはやはり違和感が…
(それでも、県立図書館には市町村立図書館がどこも持っていない資料を中心に、機械的にでも購入していってもらいたいなぁと。)

「良書」「悪書」という表現はあまり好きではないのですが、『良書を選択して所蔵する』と「選書」の建前の裏には『悪書となるものを排除』という検閲に近いものがちらほら見えます。
選書では「資料が持つ価値」を判断しますし、検閲では特定の人に『不愉快な』部分があるかどうかを判断するということであれば、選書は利用者の知る権利を保護しようとしているのに対し、検閲は資料が利用者に及ぼす影響から保護しようとしているのでしょう。
そもそもその判断だって、人それぞれで価値観が違いますから、絶対的な判断でないですしねぇ…
もちろん独断と偏見での選書や検閲は誰から見てもまずいでしょうがね。

実際、うちの図書館でも「どうしてこんな資料が置いてあるんだ!」と言ってくる利用者もいます。
まだ、直接言っていただけるのなら、(話が平行線(知る権利か教育的配慮かなど)になること多々ですけど)説明のしようがありますが、どうも(ずっと上の方の)上役や議員を伴ってもしくは経由して言いに来る方もいて、元々ちゃんと理解してもらえていない中で図書館としての正論を述べなきゃいけませんから、なかなか大変なことも多いです。(まず「司書」(私の現在の職名)を「書士」と呼ぶのをやめて欲しいなぁ…笑)
今の直属の上司がまだ図書館に対して比較的ちゃんと理解してもらえているから、良いのですが、異動になったらきっと孤立無援の状態です。ふぅ。

確かに、図書館のあり方などをしっかりPRしなきゃいけないのはわかりますが、普段図書館を利用していないで、たまに来館したかと思えば「役所では当日の新聞でも複写してんのに、なんで図書館はしないんだ」(当日の記事の複写を頼みに来て、私がノーと言ったのが不満らしい…)とか、一から説明してちゃんと聞いてくれれば良いのですが、いかんせん、そういう方々はちゃんと聞いてくれないことも多々。

現在の図書館の性質上、主に教育委員会があって、(予算の関係も含め)首長部局があって、予算は議会の議決という形なので、良い意味の圧力であれば構わないのですが、変な圧力が多々あるので、やっぱり図書館は地方自治体とは別組織でないとだめなんじゃないかな…

まぁ、まぁ、話は逸れそうですが、選書一つとっても、
・図書館の蔵書
教育的配慮を中心にした制限は必要v.s.知る権利を満たすため特別な制限はできるだけしない
・ベストセラーの複本
利用者需要はあるのだから資料費に影響がない範囲で複本購入v.s.図書館として各館1冊あれば良い
・職員によるリクエスト
利用者としての側面でのリクエストと考えるv.s.選書に影響が出るので控える
など、細かいものも(宗教本や漫画の受入れについてやシリーズもので購入しているものと同系統の別著者の本(科学ものなど)の購入(蔵書構成優先か多様性優先か)など)含めると選書会議などでも意見が分かれること多々なので、「本当に良いのだろうか…」と悩むことも多いです。

私自身、自信を持って選書できているかと言われると、同じ本でも感じ方は十人十色ですので、「(私が選んだ本より)同じような内容だったらこっちの方がわかりやすい」という利用者もいることでしょう。
なので、他館の購入状況が気になってみたりするのですけど、「うわ、これ買ったのうちだけか…」とか一喜一憂してみたり。(そのくせ、相互貸借で依頼が来るんですよね…そういうの。他館の予約ばかりで外回り(相互貸借で貸出される)ものも多いです。)

出版点数や売り上げに左右されないものも購入するのが図書館の強みだと思うのですが、人によっては「売れる=需要」と考える人もいて、その調整が難しいのですが、評判の良い図書館のベテラン司書達の頭の中の選書判断基準をフローチャートにしてみると、面白いかも?
本のデータを事細かに入れると「図書館所蔵確率64%」とか表示されるような。笑
こういうのは、また専門性を失わせるものかもしれませんが、ベテラン司書のノウハウや経験を次世代の担い手がうまく受信できない現在であれば、「あのベテラン司書が退職したら蔵書に偏りが出来た」と言われないようにしたいのと、1年目の司書だろうと50年目の司書だろうと同じようにしっかりとした選書が出来るためには、必要だろうな…

収集の自由はあっても、予算的・立場的・経験的不自由がある現実。笑

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