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図書館の指定管理

本当は来年度から導入する予定だったけど、いつの間にか話が消えた感のある指定管理者制度の導入。
司書採用で採用された私にとっては、今の職場にいられなくなるという問題はあったのですが、生活的には不慣れな職場への異動となるか、別の仕事に転職するかのどちらかですから、特に問題もなかったので、賛成も反対もしなかったんですけどねぇ…
図書館を利用する利用者にとって「良い図書館」であれば、どこが運営しようと良いのですけどね。

ちょど、図書館系ブログの中で、久しぶりに指定管理云々に言及されておられる方のがいたので、興味深く読ませていただきました。
まず、
・Tohru’s  diary 「指定管理者制度と公共図書館への導入について」レジュメ公開(http://sakuraya.or.tp/blog_t/index.cgi?no=510
では、中立的な立場でまとめられていて、私が今回「参考までに」と聞かれた時の回答意見と近いものがあります。

この中にも「司書は足りない判断情報を社会に提供するために分析し、発信する必要がある。」とありますが、ただ、現実としては、「そういうデメリットや考察なんか聞いていない。どういうメリットがあって、いくら削減されるか調べろ」って(館長が)言われましたが…笑
まぁ、指定管理者制度を導入しようとする行政側の人や議員の人で、図書館をちゃんと理解し、いや、日常的に図書館を利用している人っていないんですよね…
そして、「図書館を自分の目で見てから」と思うだけましなのかもしれませんが、大抵、平日の午前中とかに来館して、「暇そうだね」と。(某盗撮知事みたいに。)
(土日の忙しい時間帯に来てくれたら少しは認識変わるでしょうか…というか、その時間帯に来ても構ってあげられないのですけどね。人手不足なんだし。)

結局、多くの場合、指定管理導入問題は、「指定管理にしてサービスの向上」というよりは、「人件費削減ありき」なんです。
「経費削減ありき」ですから、デメリットを述べても「そんなこと聞いちゃいない」からはじまり「ただの保身だの」「財政難なんだし」「図書館があるだけいいじゃないか」と言われ、利用者が同様に言っても「行政をわかっていない」「(何がノウハウかわからないが)民間ノウハウでサービス向上する」「(光熱費は考えずに)開館日や開館時間が延びるんだから便利になる」と一蹴されます。
そういうのがまかり通るのが地方の田舎の図書館です。(もちろん全てとは言いません。)

指定管理者制度を導入した図書館に視察に行ってみましたが、直営時代の図書館運営に疑問符が付く運営だったようで、私も「それなら民間にした方がまだまし」と思いました。
実際、直営の時、年齢が高い職員ばかりで、指定管理になったら非常勤・パートとなれば、人件費は大幅に浮くわな。
それで、管理費とかが圧縮されているのなら、まだ「民間にして良かったねぇ」と言えますが、実際はそうではないらしく、それでも満足度が増えたということは、直営時代の職員の怠慢でしかなかったんですよね…その金額とスタッフのアイディアで指定管理者制度導入後の運営が人件費を別にしてできるんですから。

極端な話、運営費が変わらないのであれば、「司書持ちの図書館運営ボランティアを育成して、運営すれば人件費かからないし。」(これは本当に極端ですし、安定してボランティアがいるとは限らない点に大きな問題があるんですけどね。)って考えを持つ人だっているんじゃないかなぁ…夏場とか忙しい時期には児童・生徒の職場体験と称する配架作業員を増やすとかさ。そんな考えも出て来そうですよ。

指定管理制度導入推進派の人が出してくるのは、大抵が「指定管理者にして良かった」という新聞記事。
確かにそれまでの運営がどうだったかを度外視して「経費が削減された」「満足度があがった」という文言が踊ります。
私の館でも「千代田区立図書館が指定管理者になって良くなったそうじゃない」と言われました。
まぁ、そうなんですが、どうも話を聞いていくと「指定管理者制度を導入すれば同じようなことができる」と思っているようで…
普通に考えると規模も違うし、元々の職員数も違うし、利用者の需要も違うので、同じにできるわけないんですけどねぇ。

そもそも、新聞等で書かれているメリットとデメリットの意見がどれも同じようだってどういうことでしょう?
メリットで出てくるのが「人件費が削減された」「開館日増加・開館時間延長」「購入雑誌が増えた」「カウンター職員が明るくなった」「企画もされるようになった」…だから「安い経費で利用者が増え貸出数も増えた」で、
デメリットで出てくるのが「安い給料で不安定」「専門性の確保に疑問」などです。
どうしてメリットに「疑問があったら図書館に行って聞いてみるようになった」とか「遠い図書館に行けなくても近くで十分足りるようになった」とかそういうのが出て来ず、デメリットも「今までこれだけやってきたのを無にするのか」とか「これは民間では出来ない」とかそういうのが出てこないんでしょうね…

で、結局、指定管理者制度のメリットを述べるのも、議会の質問への回答をするのも、結局は図書館の担当者だから、要は「自分はもらっているお金ほど働いていないし、企画力も無能なので指定管理の方が良いです」って言っているようなものなんですけどね。
図書館に司書採用で入った人や図書館に愛着のある人だと、それは悔しい屈辱的なことだと思うんですけど…。
もちろん、自分のいる図書館に愛想が尽きた(意見しても変わらないとかで)場合は、積極的になる人もいますけど。
なんとなく図書館に異動で来て「本庁に戻りたいなぁ」と思っている職員だっていますから、そういう人も積極的に「導入すると(私に言われてもわからないけど)こういうメリットがあります」と積極的です。

こちらの記事で
1 (施設管理、カウンター業務等、根幹的業務でない部分に指定管理業務にする場合)通常の業務委託が可能な範囲に、わざわざ指定管理者制度を導入しなければいけない理由を追及する。
2 導入メリットの「民間のノウハウ」(人件費削減を除く)とは具体的に何を想定しているのか追及する。
3 導入メリットの「経費削減」(人件費を含む)のうち、比較対象の現状の経費算定は適切か、特に非効率な現状の運営・人員配置改善を、指定管理者制度の導入メリットに含ませていないか追及する。
4 指定管理者の評価(指定管理者決定時及び指定管理期間中の)基準はどういう想定なのかを追及する。

と述べられているのは、本当に最もなことだと思いますが、
1・3の追求は「いや、記事に経費削減って書いているっしょ、個別に業務委託するより業務も煩雑にならないんで、いいんじゃない?」でしたし、2・4は「それはこっち(議員や行革担当)が考えるんじゃなく、君たち(図書館担当)が考えることだよ」でしたので、二の句が継げない状態で、終いには「トップが言い出していることなんだし、公務員は上の指示に従っていればいいんだ」ですもの。

まともな論法が通じません。(だから、現在立ち消え中というのが驚きなのです。ようやく理解してもらえたのならまだ良いのですが…)
ちゃんと相手に『検討』する気があるのなら、述べられていることは正論で、感情論にしないためにも良いなぁと思います。

このレジュメを見て、「そうだよなぁ、ちゃんと現状分析とメリット・デメリットを考えなきゃ」と思う議員や行政担当者、手抜き図書館員が増えてくれることいいんですけどねぇ…おそらく関心がある人しか見ないでしょうから、難しいでしょうが。

次に、
・丸山高弘の日々是電網  The First. : 指定管理者制度の公共図書館への導入(http://maru3.exblog.jp/7717762/
丸山氏は、全国で最初に指定管理制度を図書館に導入した山中湖情報創造館の現館長としても有名な方です。
そこで、ライブラリー・ボード(『図書館委員会』という『方針決定や館長を含めた人事権すら持ったユーザーグループで、資金調達も積極的に行っていくような集まり』)に指定管理を受注させていくということが述べられています。
その中で、
(1)有能で的確な図書館長を採用する,
(2)図書館の運営と計画に関する成文化された政策・方針を決定し採択する,
(3)図書館の目標を決定し,図書館の計画を遂行するために,充分な資金を獲得する,
(4)地域社会との関連において図書館の計画と図書館に対する要求を知り,諸基準と図書館の動向にたち遅れないようにする,
(5)立案されたPR計画を決定し,支持し,実際に参画する
というモデルケースを提案されておられ、これが実現すれば、確かに『良い図書館』が出来そうだなぁと思います。

個別な図書館を考えていくと、「とても良い図書館ですねぇ」と言われる図書館は、そのようなライブラリー・ボードなんかなくても、すでにこれを満たしていると思います。
もちろん、(3)は公的資金ですけどね。
街が財政難ではなく、有能な館長が赴任し、図書館の予算も十分もらえているとこだと(2)(4)(5)だって普通に満たしていますし。

だけど、そういう良い図書館がありながら、他方、「なんか暇そうな、誰にでもできるような仕事しかない図書館」や「無料の貸本屋的図書館」だってあるから、指定管理の是非などが出てきているわけでして…
各館でなく、図書館全体が変わるにはコマが足りない気がします。

例えば(1)。日本でそういう有能で的確な図書館長ってどのくらいいるのでしょう?今ある全図書館(中央館だけでも)に配置するほどいるのでしょうか?
確かに、図書館に理解があるくらいの図書館長ならまだいますが、館長自身が有能でもその館長もいつかは退職やお亡くなりになるわけですし、後継者育成もできるような人でなければ、いけないですし、図書館長として有能な人がわんさかいるようなら、とっくに図書館は変化していると思いますが…
山中湖情報創造館が指定管理者として始まったときの館長は小林是綱氏で、これまた有名な方で、私もすごい方だなぁと思っていますが、当時の新聞記事によると館長は無給のボランティアとのことでした。
彼のように有能な方を館長にするとがらっと図書館は変わるでしょうしが、他が真似できないような「自分は無給で」とかはやって欲しくなかったのが当時の率直な気持ちです。
そうすると、「全員他に収入源(印税だろうと何だろうと)がある人でスタッフを構成すれば人件費0じゃないか」ということになりますもの。(実際、そう言われたこともあるし。)

話を戻して。
館長が有能であれば、もちろんその図書館は変わります。
では、そういう館長を育成してくれるのはどこ?
都道府県立図書館や筑波大で新任図書館長研修をしたり、TRCが筑波大大学院に公共図書館の経営管理者を養成する寄付講座を開いたり、TRC自身が指定管理者を受注する時のために館長募集&1年間程の研修をしたりしていますけど、新任館長の研修って必須研修ってわけでもないから、行政事務職上がりの館長ってほとんど参加しないんですよねぇ、うちも何人か館長が代わりましたが参加したの見たことないし…
大学院の経営管理者養成講座にしても、まずそれに参加する意思がないとねぇ…
TRC自身の館長研修はTRC自身のためではありますが、形的には「館長をやろうとする意思があり」「図書館に対して何かしらの考えを持ち」「1年かけて研修する」ということで、一番良いような気がします。
まぁ、有能な館長になるか否かは、結局その人自身なのですけどね。
有能な図書館司書で、「館長はやりたくないな」って人もいますし…

そうすると、ライブリー・ボードのように、各自治体でそのような委員会を持って、数少ない有能な図書館長を引っ張り合うよりは、以前もどこかで書いたと思いますが、図書館という業界が一組織であると、有能な人を集めてその人たちの指示で各館が動く…でいいんじゃないかと。
そもそも、日本図書館協会がそういう組織の中心になっていれば良かったんですけどねぇ…今となっては…

次に(3)。
充分な資金がやはりネックです。
もちろん、矢祭式で蔵書を寄贈によってまかなうのも、悪くはありません(以前書いたように二匹目のドジョウは難しいようですが)。
企業や個人で雑誌1年分寄贈という方法もありますし、書架命名権という方法(誰それ文庫みたいな企業版)だってやれそうな気がします。
別事業で資金を持ち、それを図書館に還元する…今でもお金持ちはたくさんいますけど、今の公立図書館のように入場料も貸出料も取らない図書館を作った人っているでしょうか?
確かに、公立図書館に寄附してくれるところはありますけど。
それにこの度の不況で、そこまで奇特な人はいないでしょう。

そうすると、大口はあきらめて、赤い羽根共同募金のごとく各戸募金をお願いするのがベターですね。
しかし、『7割図書館利用しない』状況で、「図書館は必要だからお金を出すか」と思ってくれるか…
せめて、『7割の住民が図書館を月に1度は利用する』状況を作らないと…

「れば」「たら」言っていても仕方ないので、話を進めますと、
(2)は今のどの図書館でも作ることが出来ます。が、気をつけなければ、ほとんどが抽象的なものになるような気がします。
もちろん丸山氏の考えているのは抽象的な文言ではないと思いますけど、「資料の充実を図る」とか「利用者ニーズに基づいた資料を幅広く収集する」とか、今でも見られる成文化された抽象的な文を見ていると、「具体的な数値目標を持ったものを成文化する」必要があるなぁと。

現場やカウンターで図書館の危機意識がある職員が「あーだこーだ」言っても、上の方に行くにしたがって危機意識も問題意識もなくなっているような現在、薬袋秀樹氏の『図書館運動は何を残したか』ではないけれど、「変わらない体質」が残っていくような気もします。
それであれば、「あそこは財政豊かだからできるんだよねぇ」とか「あそこは館長がすばらしいからできるんだよねぇ」とか『どこの館でも真似ができる』状況やモデルがないと、指定管理者云々より図書館自体がおかしくなってしまうような気がします。

なので、各自治体や各館にまかせてきた図書館運営を1つにまとめることによって実現させていく方が、より早い理想実現になるのではないかと思うのですが、どうもその方向には進んでいないような気がして…
例えば『日本図書館』という図書館全てを取り仕切る中心組織を作り、国立レベル・都道府県立レベル・市町村立レベル・地域スポットレベルの図書館を作り、予算は国立は国家予算から、県立・市町村立図書館は各自治体予算から一定比率で予算をいただく形にし、地域スポット館は有志による寄付金によって市町村立の下で運営する…とどうして最初からしなかったんでしょうね。

さて、ちょうど日図協でも『公立図書館の指定管理者制度について』(http://www.jla.or.jp/kenkai/200812.pdf)というのも出されていましたね。
「指定管理者制度の適用は適切ではないと判断しております。」って珍しくはっきり書いていますね…笑
もちろん、今、自分の勤めている図書館が指定管理者になると立場上多少面倒なことになるので、多少直営寄りな考えもなくはないですが、図書館界が良くなれば良いという観点からは、指定管理者制度導入でもした方が良い館があるのも事実だと思うので、この意見表明には反論したくなります。

1.「司書集団の専門性の蓄積」とあるけど、専任の司書を集団の名の下に複数名ちゃんと採用して、ずっとそこの図書館の運営に携わっていられる自治体はどれくらいあるのでしょうか?数年で事務職員の異動がある図書館と指定管理者と、引継ぎの仕方が違うとは思えないんですけど…

2.「一貫した方針のもと」は、収集方針や除籍基準は直営だろうと民間だろうとあればそれに従うはずですし、民間が「こういう方針に変更したいのですが…」というのは勝手に変えられるものでもないでしょう。(出された起案をちゃんと読まないで通すというのは行政側ですし、そもそもそれが不安なら仕様書にちゃんと盛り込めばいいだけの話ですし。)

3.経費負担は、もちろん自治体にしてもらっているはずです。指定管理料として。それも出し渋っているからおかしなことになっているんじゃないかと…。人件費の浮いた分、資料費に別途資料費としてまわせば、指定管理者だろうともっと良い図書館が出てくると思うのですが。

4.「民間において云々」で、今まで民間には『図書館を運営』というのはなかったのに、逆にこれだけやれていてすごいとは思えないのでしょうか…言うなれば、司書1年生が何十年のベテラン司書と同じに立ち回れと言っているようで酷かなぁ。でも、物的能力は民間の方が上でしょうし、人的能力も指定管理・直営に関わらず、人ですから、条件の良い方に流れるのではないかと。

5.その条件は結局「賃金等労働条件」なんでしょうが、指定管理者だからではなく、その経費削減をした状態でやらせようとしている自治体側の責任じゃないかなぁ…経費削減なしで民間にやらせるときっとサービスは向上すると思うけどね。それに組織立ってノウハウを蓄積していけば、例えその図書館が数年の管理期間だとしても、そのノウハウを他の図書館でも役立たせるようなまわし方をすれば、その会社自体にはノウハウが蓄積されるのだし、良いのではないかと…そうすると10年後くらいには直営よりもしっかりノウハウが蓄積されている可能性もあるんじゃないかなぁ。
おそらく、この5の部分が問題の根本なんじゃないでしょうかねぇ…
ただ、直営の場合でも、カウンター周りはパートや非常勤の人がたくさんいますから、「カウンター・フロアにいなくても利用者ニーズがわかる!」と豪語する正職員がいれば別ですし、全員正職員の司書資格持ちで、しっかりやっている図書館は別ですが、選書とカウンターはちょこちょこやっているけど、ほとんどパートさん任せというところも少なくないので、パートさんの労働条件はあまり変わらないか、直営の方が悪かったりしますからねぇ…

それに、直営の時だと、パート・アルバイトと正職員、課長・館長・主査・係長と平職、庶務・管理係と奉仕係、それぞれの垣根というかしがらみで「じゃあ、これこれをやってみよう」とか「目新しくこれを実現しよう」というのがすぐに動けないということが時々あります。
こういう時は、指定管理の方が分があると思います。もちろん、直営でも館長の号令の下、新企画などが動き出す直営図書館もなくはないですけど。

意見表明で「公の施設の設置目的を効果的に達成するため必要があると認められるとき」に照らした説明がないとありますが、指定管理者制度を導入した自治体の中には「図書館は金がかかるからなぁ」と住民要望で設置したは良いけど大した目的もないところもある(というか、その手の首長の話っぷりを聞けばわかります)し、逆に、直営だとどうしようもない状態(「本を貸してりゃいいんでしょ」みたいな。)だから、導入したというところもあるでしょうに…
そもそも、図書館設置目的を今の図書館全てが効果的に達成できているというのは大きな勘違いなんじゃないかなぁ?
本来であれば、住民のニーズに対応できる人材がいなきゃいけないのに、直営の中にそういう人(例えば専任司書とか)がいないから、この事態なんじゃないかと…
一般認識的にも「7割が利用しない図書館」で「本を無料で貸してくれる所」の認識がいまだに根強いのは、直営の怠慢運営のつけなのではないでしょうかねぇ…

もちろん、そうでない良く住民が利用して、職員もエキスパートぞろいの図書館は、最初からそういう話すら出ないし、話が出ても「この高いサービスが維持できるのか」と住民自らが言ってくれる(自分で言っていたらお終いだけど)ような図書館なんですから、そういう図書館は考えなくても成り立っているんです。

実際、導入前の状況を聞くと散々なイタイ図書館がたくさんありましたが、そういう図書館への指導などは日本図書館協会からあったのでしょうか?
案外、地域住民の方々は「図書館ってこの程度」と地元図書館を基準に考えていることが多いです。

引っ越してきて「え~図書館ってそういうこともやっているの?」と驚かれる利用者を目の当たりにすると、『どういう図書館を利用していたんだろ…』と思うこともしばしば。逆に良い意味のクレームで「前に住んでいたとこの図書館はこういうことをやっていたよ」と勉強になることもあります。

たぶん、そんな1000万円削減とかでなく、数十万円の削減程度で良いのなら、民間だろうと立派にやっていけると思います。
もし、直営の図書館職員で本気に指定管理者制度の導入の可否を悩むのなら、指定管理者と同様に、どのくらいの経費でどれだけのことが出来るか書き出してみるのが一番です。
公募して一番安いところが取るというわけではないので、多少人件費の面で高くなっても、これだけのことが出来ると自信をもって言えるのであれば、大丈夫なんじゃないかなぁ…

まぁ、もちろん、上で述べたように、トップダウンで「まず指定管理者制度導入ありき」と言われて凹むこと多々あるでしょうが。笑

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コメント

 拙ブログをお読みいただき、ありがとうございます。
 公開版では削除しましたが、実際のレジュメには「現場の主張はどれだけ正当性、説得性を持っていたとしても、痛くも痒くもない。自治体が恐れるのは、市民からの意見と支持のある運動、議員(特に与党の)からの質問・追及、マスコミ報道、そして学識経験者からの意見。現場の意見をどれだけ外部からの意見として代弁してもらうのか、その方策を考えること。」と書いたバージョンもありまして、正直あれは議員や住民向けの理論であることは認識しています。
 自治体内部で公正中立であるというのは、非常に難しいものですね。ましてトップダウン体制の組織では。しかし、公共図書館の最終評価者は行政の長ではなく市民ですので、結局図書館が質の高い図書館サービスを提供できているかに尽きるのではないでしょうか、非常に理想論ですが。

投稿: tohru | 2008年12月18日 (木) 20:24

tohruさんから直接コメントをいただけるとは…どうもありがとうございます。(トラックバックなどの方が良かったのかもしれませんが、どうも苦手なので、すみません。)

静岡市の図書館協議会さんや、指定管理の話が出た時に『指定管理者導入を反対』するような会が出来る環境(この辺は図書館が努力して作らないといけないのでしょうが)のあるなしもあるのでしょうが、外部意見を出してもらう方策があれば今回助かったなぁと思います。

実際は「具体的に決まるまで住民にはまだ言うな」と言われましたし、客観的に考えてうちの館の規模では、人件費削減以外のメリットがなく開館日・開館時間を増やしてもサービスは低下するおそれがあると現場で判断されたのですが、「デメリットはいい(いらない)、メリットを書き出せ」とか「住民・議員の想定質問に(導入がいかに良いのか)答えられるような答えを用意しておけ」という命令が上からきますから、公務員としては従う義務もありましたしねぇ…笑

で、住民側は新聞などで、経費が削減されてサービスが向上するんでしょ?と以前のサービスがどうだったかは確認せずに鵜呑みにしていましたし…

図書館サービスの質を高めなければいけないなぁと考えつつも、人手不足と体が持たないことを逃げ口実にして実際のサービスがアイデアの半分も実現できていない現実を反省している今日この頃です。

投稿: トーネコ | 2008年12月19日 (金) 12:33

トーネコさんのブログを読んでいたら、とっても興味深かったので、またコメントします。

「ライブラリー・ボード」が、どうして戦後日本に入って来なかったのか、不思議なんですが、たぶんなんらかの“反対活動”があったのでしょう。

実際に欲しいなぁ...と思う存在は、『未来永劫、その地域の図書館に対し義務と責任を負う意志のある住民の集まり』なんです。

今の図書館にも、図書館協議会や友の会があるのは重々承知なのですが、制度上協議会は館長の諮問機関でしかなく、友の会はファンクラブなのです。もちろんそういう存在も必要なことはわかっているのですが、「いざとなったら俺たちが支えてやろう」という意志をもった地域の人たち。
そういう「ライブラリー・ボード」によって支えられている図書館だから、米国の図書館利用者さんたちは、[パトロン]と呼ばれているのです。

そう遠くない将来、「その地域の公共図書館の有り様が、地域の民主主義度を計るバロメータになる」...なんだか、そんな気がしてしかたがないんです。

では、また。

投稿: まる3 | 2009年2月 9日 (月) 01:30

> まる3さん
コメントありがとうございます。
たぶん、あからさまに反対した歴史はないような気もします。
自治体が設置し運営しているため、少なからず『上から目線』(「住民はありがたく享受してれば良い」みたいな)というのもあったからかもしれませんね。

ただ、別の記事にもありましたが、図書館を利用しているのは3割という結果に見られるように、3割はそこの住民の総意ではないですし、同様に、図書館に命運をともに出来るような地域住民はほとんどいない気もします(まだ学習期って感じかなぁ…)…もちろん、図書館屋としては将来それが5割を越えるようになって、「図書館を地域で形作る」となって欲しいものですがね。

館長が非常勤という図書館もありますから、図書館協議会長が館長をやって、図書館協議会が首脳部となり、友の会が奉仕の中心となるとライブラリーボードには近くなるような気がします。
友の会、進んでいるところは、職員を凌駕する能力と組織性をもっていますし…でも、やっぱり一番ネックは資金調達。

となると、やっぱり優秀な館長と能力の高い司書を採用し、自治体の予算にプラスアルファ(例えば郷土資料の出版など)できる図書館であれば、直営でも全く問題ないと…ということは、一番は図書館のことを良く理解している優秀な首長を選出するのが近道かも?笑

まぁ、今のところ、「その地域の公共図書館の有り様が、地域の図書館認識度・図書館理解度」を示しているというのは、図書館の格差を見ているとわかるところではありますがねぇ…笑

投稿: トーネコ | 2009年2月10日 (火) 03:05

>「その地域の公共図書館の有り様が、地域の図書館認識度・図書館理解度」を示しているというのは、図書館の格差を見ているとわかるところではありますがねぇ
異論ありません。
どこに住むと住民として快適か、快適度のバロメーターは図書館にあるのではないかという風に思うに至りました。病院が多いか少ないか、商店があるかないか、自然が多いかどうか、個人によって観点が違っても、図書館のあり様はその自治体のあり様を表す大変によい指標になっていると思うのであります。

投稿: さつき | 2009年4月26日 (日) 20:20

> さつきさん
コメントありがとうございます。
そうですよね。
確かに資料数の多い少ないは自治体によって違いますが、県立図書館が絶対的に良くて町図書館はだめってことがないように、図書館職員の志や図書館行政のあり方によって違いますものね。

個人的には、『図書館』そのものより『情報の得られ易さ』と言い換えても良いと思いますし、図書館が貸出だけではなく、ちゃんと地域情報拠点・地域コミュニティとして機能しているかどうかというような感じもします。

地域と共にレベルアップできるように変なトップダウンに負けず頑張っていこうと思う今日この頃です。

投稿: トーネコ | 2009年4月27日 (月) 10:13

>図書館職員の志や図書館行政のあり方によって違いますものね。
はいはい、もうすべての道はそこに通じておりますんでしょ? そういうことを見ないように見ないようにと思っても図書館を使ってるうちにいやでもこれが見えちゃうんだわ。あ-見たくないっす。
本はほとんど買えば手に入るんでありんす。
買いたくても資金不足や絶版だと図書館のお世話になりますわね。
「あのぉ、お仕事中まっことに申し訳ありません。
ごめんね ごめんね」とペコペコ平身低頭。
誰がやねん? 使う人です。
そう言わないと「なんですか!」と光る眼鏡の奥からキリッと鋭い視線を送られると「わっ こわっ すぐ帰るから」とオドオドドキドキ。
でもさ、苦しい時の神頼み的存在、って要素があるんとちゃいますやろか・・図書館って。
例えばもう生きているのがいやになるほど落ち込んで、ふら~~と図書館に吸い込まれるように入っていくことだってあるんとちゃうやろか?、
親の介護で行き詰っているとか、何度ハローワークに行ってもなんともならない、疲れてしまった人とか、そういう人も図書館へ行ったら○○坊やビルから飛びこまなくても済むかもしれない、人助けをしてくれとまでは言わないが、自分が館長だったらそういう人も来ることを頭に置いて図書館を運営したい。

投稿: さつき | 2009年4月27日 (月) 16:40

> さつきさん
普通のお店でも、お客さんが「あの~すみませんが」ってまではあると思いますし、お客側にそれなりの心理負担がある(私も聞きにくい)と思いますが、眼光鋭くってのはないですからねぇ、そういう図書館はサービス業意識が足りない感じですね。

ただ、例えば相互貸借やレファレンスという当たり前の仕事をしてもえらく利用者に感謝されることがあって、こっちが苦笑いになるほどのこともあり、PR不足を痛感します。それが仕事ですし当たり前なんですけどね。

そこまで深刻な利用者はまだお見えになっていませんが、レファレンスで「あの時は答えが見つかって助かったよ」と今でも言っていただける利用者の方もいます。

館長になってでなくてもカウンターにいる職員がそういう気持ちでいさえすれば何かしらかで救われる人もいるような気がしますけどね。館長が言うからそうするよりずっと良いかも。

投稿: トーネコ | 2009年4月27日 (月) 21:46

>カウンターにいる職員がそういう気持ちで・・
それが図書館のサービス業としてのあらまほしき姿なんでしょうね。だって、行政のお仕事の中でも一番利用度の高い分野だと思います。
以前 中国のデパートで買い物した時に釣銭をポイと投げて店員同士がおしゃべりに夢中で「あかんわこりゃ」と嘆いて帰ってきたことがありますがサービス業としていつも笑顔と言うのは無理かもしれませんが「ニコッ」とさわやかな笑顔ぜひお願いします。
お店で「すみませんが もうちょっと違うもの見せてください」ということはありますよね。でも図書館で「すみません」というのは、やはりレファレンスという機能がまだ浸透してないってことなんでしょうか。
よくわかりませんが。

>「あの時は答えが見つかって助かったよ」
そういう経験をすると利用者ってその図書館のファンになるんでしょうね。図書館はそういう人が1人でも増えることで支持されていくんでしょうね。


投稿: さつき | 2009年4月28日 (火) 16:53

> さつきさん
私も北京に行ったときに、お客もレジや窓口に並ばないのにはビックリしました。文化の違いを感じました。

元がさわやかタイプでないので、さわやかかどうかはわかりませんが、笑顔は心がけたいですね。ニヤニヤにならない程度に。

利用者の中には貸出の時に、何も悪いことも手を煩わせられることもないのに「すみません」を連呼する方がおりますから、レファレンスサービスのPR不足もあるとは思いますが、利用者の性格というのもあるんじゃないでしょうか。
逆に「これについて調べて」ってカウンターで回答を持ってくるまで待っている利用者もいますし、某図書館では一度にいくつも(それなら良いのですが)ではなく、最初の職員が調べに行っている間に別の職員に別の質問を次々にして複数の職員がその利用者1人にかかりっきりになったという話も聞きますけどね。

図書館のファンが1人でも増えて、新たな利用者を呼んでくれるといいなぁといつも思います。

投稿: トーネコ | 2009年4月28日 (火) 19:05

連続ですみませんが(あっ また言ってしまった)、
司書さんとネットで話ができるなんてめったに(ほとんど)ないことなので嬉しくてまたコメントに来てしまいました。
コメントするとまた返事を書かなきゃいけないという負担をかけさせてしまうかもしれないので、すみませんと言ってしまう私でござります。
>すみません連呼・・・
性格ねぇ~~あるかもしれません。
人間関係の最初のきっかけを作る場合に、英語でいう「Excuse me」にあたるのが「すみませんが」なんでしょう。
話しかける方の挨拶としてこれが一番 自然かもしれないですね。

>さわやか系・・
感じがさわやかでも、中身が薄いと意味ないし、
逆にさわやか系でなくても、中身が濃いと印象が一変しますので、印象だけで人を判断してはいけないですね。いけません。

そこへいくと民間企業である銀行のカウンターは、最初の一言「いらっしゃいませ」にその人への好感度に始まって、銀行への信頼に関わる顧客の感情とその後の行動を左右するカギを握る存在なので訓練も受けているだろうと思われます。

ま、融資や金融商品の相談となるとごっついオジサン級の担当者が出てきますのでさわやかもへったくれもありませんが。

現場の司書さんが日ごろの思いをこうやってブログで書かれるのはすごく図書館と司書さんを身近に感じられるので好ましいことだと思います。
あなたのような司書さんが日本の図書館の灯となってくださるんでしょうね。灯では暗いですか?
蛍光灯ではイメージがね。なんたって余韻がなさすぎるから蛍光灯は。

投稿: さつき | 2009年4月29日 (水) 00:48

> さつきさん
ネットに繋がない日もあり、なかなかコメントに返信できない時もありますが、ご了承を。

まぁ「おい」って言われるより「すみませんが」って形だけでも言ってくれた方が後のコミュニケーションに影響は図書館に限らずあるでしょうね。

そういや、銀行の金融商品担当って中堅以上の男性ってイメージがありますね。決まっているのでしょうか…

図書館系ブログについては私は後発なのですが、情報発信を同業者がしてくれると勉強になることも多く、相談する人が少ない小さな図書館の職員だとなおさらありがたいです。(『図書館へ行こう』って図書館系ブログのリンク集もありますし。)

有名ホテルのベテランホテルマンみたいな気遣いと落ち着いた対応ができる図書館員ってのが理想ですが、それには人間的にもまだまだ努力の日々です。

ブログだけでなく図書館員としても後発なんで、まだまだ灯は光るのが見えるか否かってとこなのでしょうけど。

通常はろうそくの火を想像するのでしょうが、余韻は同じくなくてもLEDの灯ってのも一つ一つは小さいけど、色々な光を放ち、集まれば非常に明るく長持ちってイメージですから、面白いかも?とふと思いました。

投稿: トーネコ | 2009年4月29日 (水) 03:48

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