« 雑多な話題オムニバス その3(イトーヨーカドー子ども図書館閉館に思う・本のソムリエとオススメ本) | トップページ | 貸出と返却(その1 資料を貸出す) »

選書論流行?笑

 図書館問題研究会の『みんなの図書館』の388号(8月号,2009.7)では「この人に聞きたい-選書論-」となっており、としょかん文庫・友の会発行の『としょかん』の111号(2009.8.)では「いま、選書が問われている」とあるし、編集者などのバックヤードはわかりませんが、流行なのかしらん?笑

『としょかん』の方はshinさんの『北の図書館』(http://homepage2.nifty.com/kitanotosyokan/)の資料の棚で簡単に書かれていますが、まぁ、どちらも最新号なので所蔵館に行かないと読めないので、特に言及しませんが、選書論というか、選書方法って難しいですよね、文面にするの。

 私も一応『選書ってどうする?』(http://c-town.way-nifty.com/blog/2008/09/post-377f.html)とかちょこちょこっと書きましたが、読み返しても自分でもよくわからないです。笑

要約すると…
・図書館流通センター(TRC)の『週刊新刊全点案内』を利用
・他にはインターネットを利用するとか新聞の書評を見るとか、常にアンテナを張る
・選書の判断は「収集方針」や「収集基準」だが文は抽象的
・最近は相互貸借で最新刊を予算を融通しあっている場合が多い
・選書の方法は経験と直感
・選書会議などで話し合う
・著者や出版者なども参考にして選ぶ
・ベテラン司書の選書フローをどうにかフローチャートのようにできないか
・『週刊新刊全点案内』で図書館で売れたものを選ぶのも面白いかも?
・一冊取り出して「この本は入れるべきか否か」で○×というのは難しい
・選書に絶対の自信を得られるのはいつのことになるのやら。

って感じですか。

 選書の仕方については、個人的には『LIBMANIAN CAFE』(http://libmania.sblo.jp/)で魚の目タコさんが書いておられる『選書について』のシリーズがわかりやすくて大好きです。
『選書について その1』(http://libmania.sblo.jp/article/28334766.html
『選書について その2』(http://libmania.sblo.jp/article/28529588.html
『選書について その3』(http://libmania.sblo.jp/article/28695037.html
『選書について その4』(http://libmania.sblo.jp/article/29094691.html
『選書について その5』(http://libmania.sblo.jp/article/29349204.html
『選書について その6』(http://libmania.sblo.jp/article/29409196.html
『選書について その7』(http://libmania.sblo.jp/article/29665114.html
『選書について 10の質問(前半)』(http://libmania.sblo.jp/article/30122033.html
『選書について 10の質問(後半)』(http://libmania.sblo.jp/article/30326975.html

 古い(?)選書論とか、目を通すこともありますが、実際議論になっていることは、ずっと変わっていないような気がします。目先の目標が達成されないので図書館における議論が変わっていないからかもしれませんけど…
 言葉やニュアンスが違うと思いますが、『住民の要求によって』選ぶか『社会的ニーズによって』選ぶか『図書館の設置目的や蔵書構成によって』選ぶか『資料そのものの価値によって』選ぶか(細かく分けるともっとあると思いますけど)…

利用者要求に忠実に応じるとなると、『司書の選書なんていらね』でしょうし、
社会的ニーズとなると、『そのニーズが出るのはいつ?』でしょうし、
図書館の設置目的となると、『原則なんでも』でしょうし、
資料の価値で判断となると、『良書と悪書の判断するのは誰?』ということになるので、
どれも突き詰めてはおかしいことになるから、大体の図書館はそれを織り交ぜて選書しているかと思うんですけどね。

 じゃあ、その比率をなんぼにするか?そんな選書論もありそうな気もしてきました。

 確かに、個人的には経験不足を補うために、フローチャートで白黒(入れるか入れないか)まで、選書論やら選書方程式みたいなものを当てはめられれば一番理想ではあるのですが、たぶん、0か100というわけにはならないでしょうから、フローチャートが出来たとしても受入確率33%『だから入れる』のか『だから入れない』のかそこはやはり司書の経験と勘ということにでしょうか。

 ところで、選書論を読むとどうも『利用者の要求が質の低いものではない』とか『利用者が蔵書に触発されてより質の高い資料を要求する』とかは完全に仮定の話であり、『常識的に良書』かどうかも利用者によって異なるわけですし、そもそも質の判断だって異なるので、理論としては「○○と仮定すると△△」みたいもので、実際の実務とは異なるところの議論のような気がします。

 また、理想は『国民の知る権利を保障する機関』ではあり、『住民ニーズに応える』ようにはするのだけど、『リクエストされてもできるだけ買いたくない本』もあるという本音があるという矛盾のある状態で、選書論を語っても仕方がないのではないかなぁと思ってみたり。
実際、理想である『国民の知る権利を保障する機関』と言いながら、予算等の都合で提供できない資料もあるし、どこの図書館も持っていない資料というのも調べてはいませんが、多々あると思います。(古い本ばかりでなく、現在流通している本でも。)

可能であれば、選書論を超えた考えでも書ければ良いのですが、私に書けるのであれば、誰だって書けるでしょう。特に何十年も選書に携わった方や研究者なんかは。

 選書について考える上で、例えば、こないだテレビで見たのがこの話題と関連することなので図書館ではあまり入れていない学習参考書選びの話ですが、A学習参考書とB学習参考書があったとして、一方は色使いが綺麗で、ポイントが目立つもの、もう一方はどちらかというとモノクロ主体なシンプルなものでした。
 で、私だとポイントがカラーで目立つ方を選ぶと思いますが、その子は、「色使いが派手だとそれが気になるから」ということで、シンプルな方を選んでいました。
 もちろん、その子が(確か)アスペルガー症候群という特性を持っていたからというのもあるでしょうが、万人に開放されている図書館なんですから、こういう子の「シンプルなもの」という需要もあるわけです。

 そういうことを考えると、「わざわざ選ばなくても「ここからここまで下さい」の方が『いつか』『誰か』の需要はあるんじゃないか」と言われても100%間違っているわけではないような気がしますし、以前、「TRCの全ベル発注すれば…」ということも書きましたけど、年間2千数百冊購入する館で、この方法で購入した場合と、時間をかけて選書し、同じ数を購入した場合で、リクエスト数とか相互貸借数とか貸出数とかどのくらいの差異がでるのか、実験データがないのですが、おそらく大差ない気もします。(どこかにデータありますか?)

 確かに、この方法だと、「『新刊全点案内』は全ての出版物を網羅しているわけでない」とか言われますが、網羅は超人司書でない限り無理ですし、少なくても『新刊全点案内』全点買いではないでしょうから、所蔵のない資料の中から利用者によるリクエストが発生します。未所蔵リクエストが全くない図書館があったら(もちろんそういうサービスを知らないから0というわけでなく、満たされた図書館という意味で)、是非ともその選書方法をご教示願いたいものです。

 それでも、選書行為を続けるということは、ごく一般的な普通と思われるような図書館にするために選書をするというわけではなく、例えば「この作家さんはここの図書館では人気なので購入する」とか「よく医療系の質問があるので、医療系を重点的に購入する」とか、日々の業務で感じ取ったこと(言うなればニーズの把握ということになるかもしれないが)に影響されたり、「うちの蔵書構成的にはこの手の資料は買いだな」とか「この資料はうちの図書館では購入しないような本だから相互貸借にまわすか」とか、『その館のスタイルや状況によって選ぶ本が異なるから』が大きな理由でしょう。

 なので、選書ノウハウというのもがあったとして、各図書館によって異なるはずなのですから、選書論を一般化するより、「うちの図書館はこういう本は入れますが、こういう本は入れません。ただし、入れない本でも相互貸借によって借りられる場合があります。」ぐらいの具体的明文化をし、その上で選書ノウハウフローチャートなぞを作る時には、それぞれの図書館におけるウェイトも入れられるようにすると、良いのかもしれません。

 ただ、どうしても「図書館でこういう本は入れません」と言うと「知る権利」云々という話がどこからともなく出てきます。

 利用者サイドは「なぜ入れないのか?」でしょう。
 「総合的に判断して」も常套句な気もしますけど、「どれとどれとどれをどう判断したんだ?」と言われ、数値化されているわけでないので、思い返すとわけのわからない説明になり、終いには「図書館の自由に関する宣言に「要求にこたえる」って書いてあるじゃないか」とか「他館で持っていないからこそ所蔵するべきでないのか」と言われます。
 まだ他館にある資料であれば、「この図書館にはありませんが、(要求にこたえるための)提供はできます」ということになるのでしょうが、新刊だったりすると、収集方針だって抽象的なことが多いし、『断る理由』がなかなか見つからないことだって多いです。(ええ、断らないと決めている図書館は大いに受け入れてください。)
 もちろん提供と購入は別物ですから、他館の様子見と再検討はします。なので、即答は難しく、もっともらしい理由のついた後出しじゃんけんみたいになったります。(もちろん利用者側が100%納得いく回答は、多くの場合購入しかないのですけど)

 もちろん、常識的に考えて「これはちょっと」というのもあるかもしれませんが、極端な人は「それも使命だから入れろ」となるので、どうせ平行線です。
 「これはちょっと」ではなくても、例えば「うちの図書館は文芸書は一切購入しません」でも私は悪くないと思います。(悪くはないのであって、入れるのは一向に構わない)
どのみち、未所蔵資料は(数ヶ月前の新刊資料であっても)相互貸借に頼るような感じになりつつありますから、収集特色のある図書館であっても良いと思います。

じゃあ、図書館の自由に関する宣言の『図書館は、国民の知る自由を保障する機関として、国民のあらゆる資料要求にこたえなければならない。』はどう考えるか。
実際に、個々の図書館では国立国会図書館といえど無理でしょう(納本率100%ではないわけだし)から、これは個々の図書館が購入しなければならないというわけでもなく、相互貸借も含めて図書館業界全体で提供できる体制が出来ていれば良いということでしょう。

 では、「どこも所蔵していなく」「所蔵したくない」未所蔵資料の要求はどうするか。
1.自館でしぶしぶ購入する
2.提供不能を伝えキャンセルしてもらう
のどちらか。
で、多くは2。
この条文を満たすため頑張る図書館は1。
で、1冊入れたら、同様のリクエストが殺到(もしくはゆるやかに増加)する。
すでにその系統の本は司書の選書を越えて購入することになる。
で、別の価値観を持つ利用者からはご忠告が出る。
賛成論と反対論の間で職員は戸惑う。

 いや、このことを批判しようとかそんなことは考えていません。
『あらゆる資料要求にこたえなければならない。』を素直に実行したわけですし。
今回は選書についてですので、このケースも選書論の観点から考えると、一般的には質が高まるスパイラルというよりは質が低まるスパイラルになったと思われるので、仮定から崩壊しています。
少なくても3割は利用していないので、その中の利用者は質レベル1から利用するわけですから、質レベル6の図書館を見ても「なんで質レベル1の図書がないのか」と資料要求することになります。
 ある種の選書論の間違いは『利用者』をひとくくりにしたのが間違いで、利用者は個々では流動するというのが抜けています。(先の『図書館』という言葉同様、「個々」なのか「その多くは」なのか「全部」なのかで、違うのに同じ舞台で討論するからおかしくなる。)

 便宜上、『質レベル』という言葉を使いましたが、誰が判断するのか?利用者?司書?社会?
 非常に難しいところです。万人が納得する結論なんか絶対に出ません。価値観が人によって違うのですから。

 話は脱線しましたが、利用者要求による選書だろうと、司書による選書だろうと、「図書館として受け入れたからには最後まで責任を持て」といったところでしょうか。
 もちろん、その解決方法としては、「どこかの図書館が必ず所蔵する」しかないでしょう。
国立国会図書館がその最有力候補ではあるのですが、送料かけて、館内閲覧のみですから、読み物系だとちょっときついかもしれません。でも、提供はできたのだからいいじゃん。
 となると、『図書館』全体で理想に突き進むために、国立国会図書館の所蔵状況をチェックして、地域資料であれば送って協力すれば良いし、ない本は要求するしかないですね…(ところで、そういう要求って叶うのかしらん?)

 選書論に話は戻して。
 個人的にはすでに各館における選書論は意味を失ってきていると思います。(もともと仮定が前提にあるので、そもそも意味がないかもしれませんけど。)
 というか、相互貸借が徐々に確立してきて、予算減でも提供するためにより一層の協力が必要になってきているのに、選書については連携がほとんど取られていません。
 AとBという似たような資料があって、Aを購入する図書館もあればBを購入する図書館もあるので、地域的にだったり県域的に広く収集されることになるのですが、現在は各館がそれぞれ選書をするので、似ている図書であり明らかな購入しない理由がないのに、Aばかり選択されることも0ではありません。
 雑誌の収集もそうなのですが、どこにでもある雑誌もあれば、収集館が少なかったりどこにもない雑誌もあります。
 なので、選書を各館独自ではなく、周辺図書館も視野に入れた状態で、地域ごと県域ごとに分担収集のようなことも必要になるかもしれません。(完全分担でなくゆるやかな分担。)

 また、利用者の行動パターン的に見えていない資料は手に取られにくいというのがあります。つまり、なかなか借りられなかった資料でも企画展示に含まれると借りられるような感じです。
 となると、選択されなかったBという資料があれば、その図書館にAはあってもその近辺に配架されますから、おそらくBも読まれるでしょう。
『要は、選書に絶対はない』んです。

 ただ、年間7万点以上出版される本から選ばないといけない場合、選ばないといけません。
 よく読まれるかどうか別にして、1度でも需要があるかどうかなどを考えると、無作為抽出とか他人任せでも、『所蔵のない資料はお取り寄せ』が可能なので、そこそこやっていけます。
 無作為抽出であれば、県内でその館しか持っていない資料がザクザク出て、あるいみ貴重な図書館になるでしょうし、他人任せであれば、単館所蔵はなく、多くの図書館が持っている資料が集まるでしょう。
 それはそれで、その削減された選書時間を所蔵資料把握やら何やらに一生懸命費やせば成り立つのですが、楽をしようでは先行き暗いですよね、その図書館。

 選書が必要な理由としては、1つは、選ぶからには、アンテナを張り巡らせなきゃいけないし、新刊情報やその動向を逸早くキャッチしないといけないので、図書館に届く資料を把握するだけでなく、図書館に届く本なんて一握りなんだから、『どんな図書が世の中に出ているのか、全部ではなくても少なくても図書館に所蔵している以上は知ることができるから』ということ。そうすれば、利用者が「こんな本ある?」というのに答え易いですし。
 もう1つは、先に述べた『その館のスタイルや状況によって選ぶ本が異なるから』がその理由の中心になるような気がします。

 もちろん、「利用者のニーズを的確に捉えて云々」とか「後世への保存を云々」とか他にもいっぱい出てきそうだけど、要は今アクセスしてくれている利用者が「あ、これいい」と出会える確率をあげるための選書だと思います。
 一人一人の価値観は違いますし、当館の利用者には見向きもされないけど他館に引く手数多だったり、利用がないなぁと思ったら数年後ブレイクしたり、選書後の本の行方は予測不能です。(口では「予測していた」と言いますが。笑)

 さてさて、選書論は客観性とかよりどころにしたいから生まれてきたのでしょう。
 でも、理想と現実のギャップが大きいから悩まされることになると思います。
 利用者あっての図書館ではありますが、結局は予算という制限などもあることから、1人より2人の需要のあると思われるものが選択されることになります。
 他の図書館でも、やはり、同様なので、どこかの誰かが読みたいと思ってもどこも持っていないことは少なからずあります。

それでも、うちのような小さな図書館で、意識的に少ない本を購入しようとしなくても、県内でうちの館にしかない資料は448冊あります。
 だからといって、その単館所蔵資料が重点収集したものだとかそういうわけでもないので、不思議です。
 この単館所蔵の比率が多いか少ないかデータがないのでわかりませんし、選書ミスが0とは言えませんが、私1人で選んだわけでもないので、極端に偏っているわけでもないでしょう。

選書の客観性を求めれば求めるほど、おそらくは収集されない資料も増えてくるかと思いますので、どちらが良いのかなんて私には言えません。
 ただ、言える事は、『選ぶために情報はたくさん収集すること』『選んだ資料は自信をもって提供すること』『選ばれなかった資料も頭の片隅には入れておいてあげること』かなぁ。
 それと、選書論はおそらく図書館の数だけあるのだから、その図書館で選書に関わる人でちゃんと討議して『その館における選書論』を構築するのが大事で、選書論の一般論は知識として知るのは良いけど、踊らされないようにしないといけませんね。

『選書論流行?』ってことで書いてはみたものの、実は流行と呼べるほどブログ等で再度盛んに書かれませんでした。そもそも結論というものが出ないようなものを、一定時間の後、誰かが思い出したかのように繰り出しているだけなのかもしれませんが、それぞれの図書館によってすでに需要が違うものに、さも『選書論』という「図書館はこんな選書をすべき」というのもどうなのでしょう?

 どうせなら、それぞれの理論に基づいた選書をする図書館や選書を積極的にしない図書館など、実験データを収集するためだけの図書館というものを比較実験のために建ててちゃんとデータをためていくと、何かしらかの方向性や結論が見えてくるんじゃないかと思います。

 最近は7万冊も出版されているのに似通った資料が選ばれることが多いという話も聞きますから、どうやって選ぶかだけではなく、どうやって選ばれない本を保存していくかも図書館協力を通してちゃんと考えなければいけないような気がする今日この頃です。

|

« 雑多な話題オムニバス その3(イトーヨーカドー子ども図書館閉館に思う・本のソムリエとオススメ本) | トップページ | 貸出と返却(その1 資料を貸出す) »

私的視点」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 雑多な話題オムニバス その3(イトーヨーカドー子ども図書館閉館に思う・本のソムリエとオススメ本) | トップページ | 貸出と返却(その1 資料を貸出す) »