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表紙掲載は可能かどうか考える追記

改めて書きますが、私は一介の図書館司書ですし、法は判例が出るまで「絶対この解釈が正しい」とは言えないのですが、ひとまず、公立図書館が本の表紙を自由に使えるか否かについて、自己矛盾しそうな感じで、自分でもしっくりきていない部分もあるので、メモ的考察。


1.表紙は誰の著作物か?

およそ図書にはタイトルがあり、表紙・背表紙・裏表紙があり、前文やあとがきがあり、目次や索引があり、大元として本文があります。
もちろん、ないのもあるんですが、あるないを言いたいのではなく、以前も例に挙げた判例(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/A78B418D57307DB549256A7600272B97.pdf)によると、同じ人が1つの図書に記述しても内容が異なる項目ごとに著作権があり、複数人が関わる図書でそれぞれの著作物が明示されていると、各人の寄与を分離して個別的に利用することができるので、やはり異なる著作物ということですから…
前文やあとがきと本文は大抵同じ著作者によって書かれることが多いのでしょうが、その著作者はそれぞれに著作権を有しているという理解でよろしいでしょうかねぇ?
まぁ、「よくない」という方はおそらく「異なる著者が書いたならまだしも、1つの図書にその著者が関わって、本文につながるプロローグとしての前文で、本文を受けてのエピローグとしてのあとがきなんだから、それらは合わせて1著作物だ」という意見なのでしょう。
それはそれで、私は否定する気はありません。解釈論の1つですから。(ただ、その解釈の一貫性を持たせるのであれば、「○○○○文・絵」という絵本の表紙は1つの著作物なのだから、1ページ分にあたる表紙の複写は問題ないことになってしまいますし、内容紹介の書評文の一部として引用したって構わないことになってしまいますね。)
で、私は前文と本文とあとがきはばらばらに著作物と思っていますから、例え同じ人が中身と表紙を作成したとしても、表紙は表紙だし、中身は中身なので、それぞれ別々の著作物という考えでいます。

もちろん、異なる人が表紙を作成したのであれば、それだけで、表紙は独立した著作物というのは問題ないでしょう。
また、明示されていないけど、表紙に絵や写真があれば、著作者かそれとも別の人かが作成した著作物であることは明らかでしょうから、絵や写真が利用されている表紙は少なくても誰かの著作物であって、1つの著作物の1部ではないと、私は考えています。


2.表紙は何の著作物か?

著作権法をもう一度確認すると…
(著作物の例示)
第十条  この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
一  小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
二  音楽の著作物
三  舞踊又は無言劇の著作物
四  絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
五  建築の著作物
六  地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物
七  映画の著作物
八  写真の著作物
九  プログラムの著作物

とあります。
表紙と本文を別の著作物という考えに立つと、表紙に著作物性を認めるのなら、四か八になります。
タイトルはフォントなどを工夫したとしても、新聞見出し文でさえ、著作物性が乏しいとされたので、やはり文字だけのものは保護されないでしょう。
目次や索引も私としては工夫を凝らしたものをあるので、個人的には著作物性を大いに認めてあげたいのですが、どうも同様に著作物性は乏しいという見解がよく見られます。

で、話は戻して、表紙は絵画、版画とは言えないようなものもなくはないのですが、著作物性がないとしないのなら、当てはめる必要もありますし、絵本などでは、よく原画展とか普通に見られますから、やはり美術の著作物でしょう。
そうすると、著作権法四十七条の二で書かれている『美術の著作物又は写真の著作物の原作品又は複製物』の中で、市販されている絵本の表紙は著作物(原画)の複製物なので、間違いはないと思われます。
逆に『美術の著作物又は写真の著作物の原作品又は複製物』ではないのであれば、著作物性に乏しいということなので、普通に表紙を載せて構わないという論法が成り立つことと思います。

また、図書館便りや図書館サイトに載せる載せないに関わらず、もし、みなさんの図書館の利用者が「表紙をコピーしたいんですけど…」と複写申込書に書いて提出したら、どういう対応をするでしょうか?
「表紙の複写?どうぞ」というのであれば、著作物性を考えていない(もしくは表紙はその図書の一部として考えて)ということで、利用者には認めて、自分たちは疑問があるから使えるか否か悩むというのはナンセンスな話かなぁ?と。
私のところでは、利用者に「根拠は?」と言われることを想定して、「絵や写真のある表紙は美術の著作物」として判断していますから、同一性保持権云々も考慮すると一部分だけというのもなんですし、だからといって表紙の全部というわけにもいきませんから、『ご遠慮ください』となることが多いなぁと。

もちろん、美術の著作物であるか、著作物性の乏しい表紙であるかの判断は難しいところではありますが、文字の配置・大きさ以外の要素は誰でも同じということはまずないですからね…

ちなみに、先日、南江堂が勝訴した表紙の訴訟(http://www.47news.jp/CN/201007/CN2010070801001187.html)では、表紙のデザインを参考にしたかしないかを争ってくれなかったようなので、私としては残念ではありますが、このくらい似ていたら(http://www.nankodo.co.jp/wasyo/html/nyumon.html)『翻案物にあたる』っていう事例も考えると、「ただの図形の羅列だから著作物性はないよね」っていうのも言えないのだろうなぁと思ったりしました。


3.表紙を載せるのは何のため?
表紙を載せるのは、何も図書館司書が書評や紹介の字数を減らすため(笑)ではなくて、「こんな本ですよ~」的なイメージを読み手に持たせることや、利用促進のため、というのもあるでしょう。
書誌情報や配架場所などを明示しておけば、基本的には利用者に提供できますから、なきゃないで構わないといえば構わないでしょう。
でも、そもそも、載せなくて良いのなら、悩む必要もないのですけどねぇ…

また、利用者が表紙のイメージだけを覚えていることがレファレンスを受けているとよくあります。
なので、表紙というのは他の図書と区別するためにも載せるのはやはり良いでしょう。

それに図書館で資料を面置きされていると、書店でもそうであるように、『売れている』・『良書である』・『おすすめである』・『視覚的情報量が増えている』ということで、手に取られることが多いと思います。
その効果を考えると、本の紹介に表紙はあった方が良いんじゃないかと、私は思います。

では、表紙を見せることによる利用促進効果はあると思いますけど、『利用促進=貸出』でしょうか?
この条項を当てはめるためには、少なくても『貸与』でなければならないので、皮肉にも貸出至上主義の考えであれば文句なく適用できることになるんじゃないかと思います。

逆に、そうなると、前のエントリーに書いたように『貸与』しない(絵や写真がある)表紙は載せられないんじゃないかと思います。


4.何を貸し出すのか?
表紙の原画のレプリカを載せてそのレプリカを貸出するというのであれば、「うん、適用されるんじゃない?」と言う人は増えるでしょう。
画像を載せたことによってその表紙を貸出するんではなく、図書館司書としては、その紹介文の中身によって、その図書の中身に興味を持ってもらい、その結果として、貸し出されるという順番だと思います。
簡単に言うと表紙が綺麗だから載せているわけではないということです。

一応図書として、出版されているわけですから、基本的には中身が主で、表紙はその付属品のようなものという考えも可能です。
もちろん、そんなことをいうと、表紙を作成した著作者には失礼ですが。

おそらく、私もそうですが、「これの適用って無理があるんじゃない?」と思う部分としては、ここが問題なんだろうと思います。
表紙を貸すために載せて、たまたまその表紙に面白そうな中身がついてくるというわけでもないということ。

ただ、図書館便りによっては、『新しく入った本』ということで書誌情報が羅列しているだけのものもありますし、おそらく許諾を得たものの表紙と書誌情報だけというのもあります。
もし、そういう図書館便りを見て、利用者が面白そうか否かを判断する基準としては、書誌情報羅列の方は、『タイトルが面白そうか』『好きな著者がいるか』でしょうし、表紙画像がある方は、『視覚的に面白そうと感じるか否か(タイトル・著者名込みで)』でしょう。
絵本に至っては『好みの画風の絵本かどうか』の判断にもなります。

中身の紹介がちゃんとあるものであれば、その紹介文によってということもあるのでしょうが、表紙+書誌情報という場合であれば、書店で本を手に取るのと一緒(買うかどうかは中身をぱらぱら見ますが)で、『表紙「を」』借りる』というより『表紙「で」借りる』という流れもあると思います。

また、絵本などでは、中身は読んでないからわからないけど、好きな画風の絵なので、借りてみるというのも案外あったりしますから、「表紙が気にいって借りたら中身も面白かった」ということだって少なからずあるかと思います。

では、1・2で、表紙は個別に作成者の著作物であり、美術の著作物という考えが良いとしたとき、「表紙付き中身」か「中身付き表紙」なのかが適用の可否を考える上でネックだという話になりますが、その個別に分けられた著作物としての表紙だけでみるとどうでしょう?
表紙自身は中身(本文)と一緒に借りられる貸与対象です。
表紙を貸したいと思っていようがいまいが、著作物カウントでいうと「その表紙と前文と本文とあとがきがある図書を借りる」わけで、表紙自身はついでにでも借りられちゃったですし、もれなく貸与されてしまったことになるという解釈も可能かと思われます。

表紙が出ていたから借りたいという利用者もいるので、私は表紙が主だろうと従であろうと、借りていかれるのには変わりないのだから、目的はいずれにしても「貸与しようとする場合」であるというのはアリだと思います。


5.貸与権との関係は?
著作者が自分の著作物の複製物を貸与により公衆に提供する権利を専有するのが、貸与権なのですが、図書館は前回書いたように非営利無償の場合なので、その複製物の貸与により公衆に提供することができるわけです。
これは、非営利無償であれば貸与できるよと言っているだけで、貸与権自体はなくなっているわけではない気もします。
つまり、非営利無償でない場合は、貸与権というのが発動しますから、消えていないわけです。
となると、貸与権を害しているか否かというよりは、貸与権に関わらない貸与をしているわけでして、表紙を載せることで貸与権が害されたとはもちろん考えにくいのですが、条文を考えるとちょっとひっかかったもので。


ということで、やはり、4の解釈がこの適用の可否を考えるネックになるんだと思います。
ただ、条文には『譲渡し、又は貸与しようとする場合』としか書いておらず、『それ自身の貸与を目的として貸与しようとする場合』という解釈と『結果的にそれが貸与されるので、それを貸与しようとする場合』という解釈が成り立つので、一つの解釈論として提起されているのではないかと思います。

逆に、この条項が適用ということであれば、実際には前エントリーなどにあるように、貸与しない資料は逆に載せられないとか考えなくてはいけませんから、私としては解釈論がどうこうという状態のものを適用するより、図書館法だろうと著作権法だろうと、「図書館は自館の所蔵する資料の利用に供するため資料の書影について、複製又は公衆送信を行うことができる(以下その条件)」とかになってほしいものですし、法が難しいのであれば、出版界との申し合わせでも良いので、もう少し簡単にわかりやすくなってほしいなぁ思います。
もちろん、無断でやってよいからといって、許諾を取ってはいけないというわけでもないし、法的には無断で使えるけど、「使わせてね」って一言あった方が、なんか感じは良いような気がします。

可能であれば、「表紙掲載はもちろん貸出数UPのためにやっているんだ!貸出してなんぼの世界だ!」っていう図書館にでも、率先してこの条項を適用の解釈をしてもらって、それを快く思わない出版社が挑発されて判例になってくれると嬉しいのですが、図書館側も出版社側もなかなか裁判までしようとしてくれませんし、裁判になったとしても、前述の南江堂の訴訟のように、論点がずらされてしまうこともあるので、そうはならないように頑張ってほしいものです。

日図協の著作権委員会でもきっと…おそらく…たぶん…お願いだから…検討されていることと思いますが、伝家の宝刀(?)「各図書館を指導する立場にはないので、各館の判断にまかせます」と言わないでほしいなぁと思ったりしている今日この頃です。

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