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2013年12月の3件の記事

第三話『さらば、われわれの館。』

(前回から)
「民間力を利用して」が本当の意味で機能するように、利用させていただいている民間力にあぐらをかかずに、本質を追究して、精進しないといけないんじゃないかなぁと。

ということで、3つ目の話題。
『さらば、われわれの館。』

みなさんもとっくにご存知でしょうが、個人の管理人さんが運営していた図書館司書の求人の場『われわれの館』が閉鎖、いや閉館してしまいましたね。
私自身、一応、片田舎の図書館の正職員をさせていただいているのですが、今の図書館業界に入る時も、実はつい最近まで、利用していたので、衝撃は大きかったです。(こちらが求人する方でなく、私自身がされる方としてですよ、念のため。)
13年間でしたっけ、管理人様、本当にお疲れさまでした。

さてさて、利用はよくしていたけど、実は仕組みはわかっていないんですよね。
掲示板のように、契約社員とか募集する人が登録するのは良いのですが、よく全国の情報が収集されているなぁと。

確かに、検索システムは格段に便利なりましたし、必要な情報を収集し、まとめて、発信するのが今の図書館職員が必要とするスキルの1つなのですから、「自分の司書採用の情報も探せないで、何が司書志望か」と言われちゃおしまいなんでしょうけど、まだ、そのノウハウがわからない人も多い現実もあります。
その辺のノウハウでもまとまっているといいなぁと。
ツイッターのハッシュタグ使った方法も提案され、個人的には、わかりやすいし、ハッシュタグの中に生き続けるという意味では、素敵だなぁと思っています。

現在臨時職員で働いていて、正職員を目指している人と以前話をしましたが、検索の仕方が「司書採用」「司書採用 (自治体名)」「司書採用 (採用年度)」「司書採用 (自治体名) (採用年度)」「採用試験 司書 (採用年度)」(カッコ書きは希望する場所・年度を具体的に入れる)という検索の仕方をして、TRCの求人情報を見て終わりなんだそうです。 
ツイッターはやっていないようですし、RSS云々もわからなかったようで、私としては「う~ん」でした。
SNSの利用者数が急増しているニュースはここ数年ありますが、この例を見ても、「若いからといってみんなが使っているわけでないんだねぇ」と思った例でもありました。

もちろん、司書採用の情報は日図協でも出ています。(前述の人は知らなかった。知らなさすぎ?)
でも、われわれの館にあって、日図協の採用情報にないものはたくさんあります。(もう、われわれの館がないので、「ありました」ですか。)
1人の管理人さんに出来て、業界の主団体の1つにできないって、どう考えてもおかしいですよね。

まぁ、おそらく、「情報をお寄せください」とありますから、率先して探しに行っていないでしょうし、採用する側も、地元の人を前提に考えているので、もし万が一、日図協が「載せませんか」と依頼していたとしても、「試験会場広くないし…」と思われているかもしれませんが。
そもそも、そういうページがあることすら、各自治体の人事担当者は知らないでしょうけど。
逆に人事担当に、「図書館の運営には司書が望ましい云々」という話も含めて、「司書採用のご予定がありましたが、ご一報ください」という連絡をいれておくと良いでしょう。
また、自治体のメリットとして、受験のための前泊で地域にお金が落ちるかもしれないし、全国から優秀な司書の卵が受験するかもしれないというのも記述しておくと、司書採用増えるかも?
1人採用に100人受験というのもありますし。

日図協さんは、司書採用に関してはどう考えているのでしょうか…増やしていきたいのか、各自治体に任せるだけなのか…
図書館の数が増えたから、会員数が急激に伸びている…って話は聞きませんから、もちろん、日図協の方針が気に入らないとか、会費分のメリットがないとか、そういう諸事情もあるかもしれませんけど、非正規職員が多ければ会費も負担になるでしょうし、正職員採用が増えれば、少しは…と、考えるのは変でしょうか。
学校の進路指導教員のように、採用枠を新規開拓していく気持ちはどのくらいあるんでしょうかね。

もし、図書館運営に司書資格が必須であれば、人数の増減があるにしても、コンスタントに図書館のある自治体で採用がされることになります。
有することが望ましいレベルでは、ゼネラリストを育てようとする気持ちが大きい自治体では、根拠法がないから司書採用すらありません。
図書館法にその一文を入れるのがどれだけ難しいことなのか、わからなくもないですが、それをどうにかしようとするのが日図協なんじゃないかと、思っている私は勘違いですかね。

本来なら望ましい基準にあるように、司書資格を有する常勤の職員が運営していくことがベストですが、長らく司書採用はかなりの狭き門でしたし、これからもより一層狭き門でしょう。
その間の新卒司書採用希望者の受け皿として、窓口委託や指定管理受託業者があったわけで、非正規職員の不安定雇用を企業側の問題としないで、そもそも業界側の問題だと思っていかないといけないでしょう。
司書採用枠の拡大のために、業界のメイン団体の1つとしての日図協の取り組みを見せてほしいものです。
業界団体の戯言と揶揄される前に…せっかく、色んな意味で区切りなのだしね。

ということで、次回『次は第100回の全国図書館大会と中小レポート50年』に続く。

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第二話『雑誌スポンサー制度(雑誌オーナー制度)のデメリット?』

(前回から)
結局、現状だと基準はないので、職員は削られ、資料費は減らされる一方なんですが、サービスの低下は許されなさそう(ただの言い訳になりそう)なので、そういう点で苦労している図書館職員も多いだろうな。

ということで、2つ目の話題。
『雑誌スポンサー制度(雑誌オーナー制度)のデメリット?』

財政難の昨今、図書館の中で削られるやり玉に挙がるのが、雑誌費と雑誌です。
雑誌は一部の館を除いて、数年保存される消耗品的な扱いですし、分館がある自治体だと、「同じ雑誌があるんなら削れるよね?」と、そういう面でも狙われやすいため、予算確保のための説得に奔走する図書館職員といった状況も例年通りです。
さて、ここ数年で雑誌スポンサー制度を導入している館も増えているのですが、その仕組みはだいたいこんな感じですかね。

1.図書館または外部団体(NPOとか)が、図書館で収集している雑誌のスポンサー企業を探す。
2.スポンサー企業と書店等と関係する契約書を結ぶ。
3.スポンサー企業は雑誌のリストから、広告を載せたい雑誌を選び、書店等に雑誌の年間購読料を支払う。
4.書店は通常通り、雑誌を図書館に納入する。
5.図書館は雑誌新刊のカバーに該当企業の広告を貼りつける。
もちろん、自治体の広告に関する要綱とか、審査があればそういうのも入ってきますが、およそこんな感じですね。

図書館は企業からスポンサーになってもらうために、雑誌を増やせるし、スポンサー企業も公共の場に広告を出せるとともに、地域住民に社会貢献をアピールしつつ、雑誌ジャンルによっては広告ターゲットも絞れる…
つまり、図書館にとってもスポンサー企業にとっても、いわゆるWinWinなことです…と、なっているらしいです。

ええ、そんなことなら、「いっそ図書資料費も出してもらっちゃえ」という方向に進みそうなんですが、メリットばかり強調されて、デメリットが言及されていないのは落とし穴なんじゃないかと、ひねくれている私は感じます。

デメリットを考える前にもう少し現状を見てみると…
雑誌スポンサー制度を始めた当初はスポンサーが付きやすいが、継続してスポンサーになってくれないことがあるのと、そもそもスポンサーがほとんど付かない場合があることが、現状における課題のような表記がされています。
その一方で、雑誌スポンサー制度が好評といった記事も散見しています。
また、広告のサイズは表面が小さめで、裏面は全面といった感じが多いでしょうか。

この雑誌スポンサー制度は、確かに機能すれば良さそうですが、スポンサーは永続的に付いてくれるものではなく、広告効果が見られない場合などは、企業ですからすぐに撤退されてしまいます。
そうすると、一気に収集雑誌が削減されてしまうことになります。
確かに、財政難で削られてしまうだろう分を賄うために、スポンサー集めに職員が奔走するのですが、頑張れば頑張るほど撤退された時の影響が大きいはずです。
また、「どうせ削られる運命だった雑誌だろ?」という反論もちらほら聞きますが、そこがちょっと微妙なんですよね。

基本的に、図書館は雑誌は継続的に収集しています。「その雑誌の収集を止める時は、その雑誌が休廃刊したときだ」的に。
なので、スポンサーが付いたら収集して付かなかったら購入中止というのはできるだけ避けたいわけです。
でも、スポンサー側も関連する雑誌のスポンサーになることもあれば、できるだけ手に取られる雑誌のスポンサーになりたいのは人情ですから、図書館側があまりコントロールはできません。

そのため、スポンサーが付いた雑誌が図書館として継続して収集したいものであれば、スポンサーが付かなくなった時点で、別の雑誌を切ることになります。
(これがなかなか手間なんです。読まれていないだろうな、と貸出数を見て予算減のためカットした雑誌に限って、「来館して見ていたのに」とクレームが来ますし。)

雑誌の年額も月刊誌・週刊誌の違いに限らず、大きく異なりますから、金額が大きい雑誌のスポンサーを降りられると、数誌削減する候補を選ばないといけなくなります。
だからといって、予算削減されて削られた雑誌の中からというのも欠号だらけになるでしょうし…

スポンサーが付かなくなったら、その分の予算が少しは戻るかと言えば、戻らない方に賭けた方が確率高いでしょうね。

また、もし、この雑誌スポンサー制度が企業側にとってどのくらいメリットになるかというと…もし、私が企業側なら出さないかも。
裏面の全面広告はおそらく見られないだろうし、利用者にとって、見たいのは雑誌の表紙ではなく中身だろうし、せっかく自分がスポンサーになってお金を払っているのに、バックナンバーには広告載せられない場合が多いし、そもそも、図書館を利用していない人の方が多いらしいし…と。
もちろん、市役所や図書館に恩を売っておきたいとか、別な思惑があれば別ですけどね。

もし、とてもメリットがあるのであれば、「雑誌スポンサー制度って図書館でやっていませんか?」って問い合わせが先に企業側からあっても良いわけですし。
それに、都市部はともかく、地方の方で雑誌スポンサーになった団体等を聞いてみると、義理と人情でといった寄付金的な要素が大きい感じもしています。

「45誌収集して予算が付いている館がプラスアルファとして5誌雑誌スポンサーが付けるという話」と「50誌収集している館が雑誌スポンサーを5誌付くことになったので、45誌分の予算を付けるという話」は違うだろうなと。

民間の力を利用してと言えば聞こえは良いですが、要は、経費を削減するために、最小限の手間で、企業からお金を出してもらおうというだけになっている感じも否めません。
市民との協働云々も、要は、人件費を削減するために、ただで使える労力を得ようというのが前提となっているのと同じようなものですかね。

本来は、企業側が雑誌スポンサーになることがステイタスと感じるような図書館、市民がボランティアでも良いから参加したい図書館を作っていかなきゃいけないはずなんですけどね…

「民間力を利用して」が本当の意味で機能するように、利用させていただいている民間力にあぐらをかかずに、本質を追究して、精進しないといけないんじゃないかなぁと。

ということで、3つ目の話題。
『さらば、われわれの館。』に続く。

少し追記:
何も民間からお金を支援してもらうがだめとは言っていませんよ。
そういや、『ネット活用 運営資金を募る 海士町立中央図書館』(http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=542829006)って記事も最近ありましたし、図書館の資金調達は最近色々と話題になっていますし。
ただ、資金調達ありきや、他人の懐を当てにしすぎて、かつ二番煎じ、三番煎じだったり、上辺だけの取り繕いでは、結局は一時的な効果しかないのではないか、ということです。

今回は触れませんでしたが、相手は企業ですから、交渉のプロがいると図書館職員なんか太刀打ちできません。
スポンサー費用を餌に、少しずつ相手の要求が拡大したり(例えば、「イベント広告を置かせてくれ」とか、「この雑誌を収集リストに加えてくれ」とか、「販売スペースを出させてくれ」とか…だから、個人スポンサーは募集していないのかもしれませんけど。)、広告審査は通ったけど、その先で利用者とトラブったりもあるかもしれません。

よくリンクでは外部サイトで、自己責任の旨の記述がありますが、利用者が民間療法的な本を読んで「図書館にある本だから信じていたのに云々」と言われるケースもあると考えると、きっとそういうトラブルも出てくるかなぁと。

もっとも、利用者のニーズの拡大に財政がついていかないというのがそもそも問題で、目標は上を目指せとは言っても、上限もなければ下限も結局ないわけで、負のスパイラルに突入している感じもします。
おそらく、どこも財政難なのですから、資料は全部寄贈かスポンサー、職員はボランティア、システムはスタッフの持ち出しPC+フリーソフト、運営費は募金という図書館だって現れるでしょう。似たような図書館はすでにいくつかあるようですが。

図書館のない地域ではそれでも嬉しい図書館ですし、その館が取り上げられればマネしようとするところも出てきます。
図書館は金ばかりかかる所だと財政当局に思われている館は。

結局は、個々の善意が逆に首を絞めることになるのかなぁと。
(そういや、以前、やなせたかしさんが無料で仕事を引き受けていたことを吉田戦車さんが指摘していた話がありましたよね。それと同じで、自治体的には『お金をかけない=税金の無駄遣いにならない』という考えがあるわけで、それはもっともだけど、今回の話はその甘えと同じような理論になるのかな、と。)
(話の内容は異なるけど、図書館で有名どころの講師を呼んで、参加者に好評を得ていたけど、謝金は真っ先に削減されますので、予算が付かなくなり、破格値でやってくれる方もおられますが、それを下回る予算って…誰も呼べないじゃん、近い将来、謝金0になって、職員かボランティアでやることになるんだろうな…)

ではでは☆

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第一話『「図書館の望ましい基準」と「金太郎飴」』

(注:5つの話題をまとめて書いたら、あまりにも(×2)長くなったので、1つずつに分けました。1日1つずつUPされます。)

今年もあっという間に残り1カ月を切りましたが、みなさまはいかがお過ごしでしょうか?
このブログもいつもながら久々になってしまい、自分でももどかしい限りです。
まぁ、前から自分に行動力は足りないとは思っていますけど。

ようやく例年のブックトーク月間が過ぎ、束の間のひとときだったりするんですが、そういや、他の図書館ってどのようにブックトークやっているのかなぁ…なんて思いました。
学年集会のような形式でやる場合もあれば、各クラスでやる形式も多いでしょう。
職員一人出かけてやったり、ボランティアと協働して開催したり、複数職員でやることもあるでしょう。

先日ある館の職員に聞いたら、学年固定で複数職員で行くから1日1クラスって話を聞いて、いいなぁ…と思いました。
というのも、私の場合は、依頼される学年は学校によって異なりますが、全学年ですし、1日で同じ学年ですが、クラス単位実施のため、同じプログラムを1日数回やるので、個人的には大変だなぁと感じています。
(それも月に6プログラム以上作らないといけなく(違う学校の同じ学年ってのもあるので)、今日は○○小△年で明日は□□小☆年という形でやっていますし、それぞれ貸出しちゃうので、使い回しが効かないんです。)
もちろん、例えば1日で1クラスずつ全学年やるとか、そういうのがあれば大変だろうなぁと思いますが。

たぶん、児童畑でやっている児童担当であれば、そんなこともないのでしょうけど、私はそうじゃないので苦労するのだろうな、きっと。
1小中学校につき1職員っていう図書館職員体制ではないわけだし、図書館によってかなり違うなぁと感じる日々です。

ということで、1つ目の話題。
『「図書館の望ましい基準」と「金太郎飴」』(ちなみに『金太郎飴』って登録商標なんですよね。)

さて、夏頃でしたか、『公共図書館は「金太郎飴」であるべきか』(http://www.yomiuri.co.jp/job/biz/columnculture/20130718-OYT8T00851.htm)という記事がありましたね。
民間委託・指定管理者の事例代表としてTSUTAYA図書館があげられるのはどうかなぁと思ったのと、そもそも「直営=金太郎飴」「民営=個性」という視点でしか書かれていないことに違和感を感じました。

公共図書館は開かれた私立図書館も含まれるので、地方自治体の公立図書館だけではないですし、個性は民営化してなくても独自性の高い公立図書館もあるのですけど…
また、「すべてを民営化」とありますが、cccは指定管理者であって、設置から全てではないんですよね。
民間が最初から設置して、周辺住民に自由に利用させている図書館ってどのくらいあるのでしょうかね。

それはさておき、何をもって金太郎飴と表現しているのか、中の人の私としてはわかりかねる部分です。
前述のブックトークだって、図書館職員が担っている館もあれば、ボランティア団体がやっている館もあるし、学校図書館の職員が…とか、そもそもブックトークって学校でやっていないというとこもあります。
貸出・返却・レファレンス・おはなし会…まぁ、その辺はサービスとしては同じようなことをしていますが、いかんせん、蔵書も違うし、規模も違うし、職員体制だって違うのだから、違うでしょう。
飲食店が併設している館もあるし、地域書店と連携すれば、「この本良かったので欲しいのですが」という要望にも対応可能です。
もちろん、直営館は公の機関ですから、民間とは違う、制限される部分もたくさんあります。

いくらAmazonが安いからといって、地域の商店を差し置くと必ずクレームが出てきますし、記事中にあるように収集や対象を特化したような資料収集も市町村立レベルだと難しいですよね。

私は、図書館の中の人間ですから、館ごとの差を感じているので、金太郎飴的ではなく感じている一方で、記事中にあるように『全国どこでも、ある程度の本がそろっているということが絶対に必要で、金太郎飴でなければならない部分もある』というのに賛成です。
最低限の基準をクリアしてこそ、個性の出し甲斐があると思うんですけどね…
金太郎飴に例えると、金太郎飴○○味って感じで。

では、最低限の基準はどうなっているかといえば、前も書いたような気がしますが、数値目標はないんですよね。その理由を探して見つけた資料『全国公共図書館研究集会報告書(平成24年度)』のP34の後ろの方(http://www.jla.or.jp/Portals/0/data/bukai/public/shiga.pdf)に『ただ、国がそういう数値を挙げるのは、今の時代の政治経済行政原理である規制緩和に反する、これが唯一の反論で、だから挙げられない』ということで、数値目標がないらしいです。
数値目標があると、それをクリアすれば良いだけになって、発展性がなくなる的な意味合いもあるようなのですが、今の地方自治体で、「図書館の独自の数値目標を掲げて、貸出し密度上位10%、各人口段階別の図書館設置団体のうちの上位の10%の中に入れるように頑張ろう」という自治体はどれほどあるのでしょうか?

確かに、人口比率ではなく、財政状況にも左右される面はあると思いますから、数値目標の出し方は苦労しますが、せめて高めに設定された最低基準をクリアできるぐらいはとしてもらわないと、図書館は迷走する…いや、すでにしているんじゃないかなぁと。
現に、「図書館の運営は司書資格がない職員でもいいんだよね?」と言われる状況も聞きますから、いくら望ましいと言っても、「そうだね、そうなればいいね、でも、法的根拠がないから、資料費も職員もカットね」と言われるのがオチでしょ。

なので、人口規模に合わせるのは、「図書館数」「図書館専有延床面積」「蔵書冊数」で、その自治体職員数の比率で「専任職員数」、図書館法で運営の司書資格必須にして、「図書館費」や「資料費」はその自治体歳入の○%とすれば、基準ができると思うんですけどね。
法的根拠なく「望ましい基準を目指せ」というよりは、ずっと良いと思っています。
それより、プラスアルファにどれだけできるかはその館の職員の努力とオリジナリティで、良いのではないかと。

結局、現状だと基準はないので、職員は削られ、資料費は減らされる一方なんですが、サービスの低下は許されなさそう(ただの言い訳になりそう)なので、そういう点で苦労している図書館職員も多いだろうな。

ということで、2つ目の話題。
『雑誌スポンサー制度(雑誌オーナー制度)のデメリット?』に続く。

少し追記:
およそ1980年以降の資料で一般流通…要はISBNがある資料という条件があるのですが、『県内にその館でしか所蔵がない資料』(「県内1冊資料」とでも呼びましょうか。)が、30万冊以上あるそうです。
「うわ~30万冊か…すごいなぁ、それだけ多様な図書が購入されているんだなぁ」と思ったら、実はその逆の話だったりします。笑
話によると、県内所蔵資料の1%、ISBNありタイトル数の2割ということで、そう考えると、所蔵がかぶる率の方が高いか…

図書館は利用者を思い浮かべながら選書している面もあるので、ベストセラー小説が貸出上位に来るなど、同じような貸出数率になっていることも少なからずあります。
そうすると、金太郎飴的ではありますよね。

でも、個々に見ると、図書館のサービスや質が地域よって大きく異なりますから、いくら相互貸借でカバーしようとしても、難しいのが実情ですね。

例えば、選書の専門性が必要か否かを理論や理想でなく、例えばTRCの新刊全点案内(要するに今週出る本的な選書アイテムですが)で、10個飛ばしで予算内の週の割合に合うように購入し続けて、貸出数が変わらないとかのデータが取れれば、面白いと思うんですけどねぇ…そんな大掛かりなのはできませんしね。笑

そういや、利用者リクエストで購入した資料が他にも利用される云々という話も以前読んだことがありますから、選書の専門性がどれくらい必要になるか…う~ん、今度ゆっくり考えてみよう。

ではでは☆

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